13 料理
兄が料理に挑戦してみたいと言ってきたので、一緒にスーパーに行って食材の選び方を教えた後、包丁を握らせた。初めて作らせたのはホイコーロー。味付けは市販のタレで何とかなるし、下手に和食から始めるより取っつきやすいと思ったのだ。
「うん、いいよ。ゆっくりでいいからね」
「緊張するなぁ……」
キャベツとピーマンを食べやすい大きさに切って、豚バラ肉と炒めるだけ。俺が言葉で指図はしたが、ほとんど兄一人でやってのけた。
「凄いよあーちゃん! この調子なら、もっと色んなものも作れるよ」
「えへへ……そうかなぁ」
俺もようやく気付くことができたのだが、兄には自信というものが足りない。他人の性欲処理の道具としてやり過ごしてきたせいなのだろう。ならばこれからはどんどん褒めて、それ以外にもできることがあるのだとわかってもらおう。
「あのさ、静紀。僕、最終的にはナポリタン作りたい」
「ああ、あれね」
「手伝ってくれる?」
「もちろん。母さんの味、思い出しながら、二人でやろう」
兄に料理の基礎の本を買い与えると、嬉しそうにフセンを貼って読むようになった。そんな兄の変化が俺にもいい影響をもたらしたのは事実だ。昼休みに安田さんに突っ込まれた。
「最近、静紀機嫌いいな」
「ええ……兄が料理をするようになって」
「いいことだな。おれも料理好きだし、教えてやってもいいぞ」
実際、安田さんはうちに来て、卵焼きの作り方を兄に指導してくれた。ふんわり形も味も良く仕上がったそれを見て、兄は満面の笑みを浮かべた。
それから、暑さもようやく和らいできた頃だ。安田さんに二人で飲みに行こうと誘われた。
「おれも、嵐士のことについて色々調べてみたんだけどよ……受けれる支援とかは少ないみたいだな」
「ええ……障害者ってわけでもないですし。歯がゆいですよ。兄は困ってるのに」
安田さんは、俺の頬に軽く触れた。
「静紀はやっぱり……嵐士のことが一番大事だよな」
「ええ、そうです。兄のためなら何でもします」
「ん……そうだよな」
安田さんは一気にビールを飲み干した。
「どうしたんですか、安田さん」
「あのさぁ……おれ、やっぱり静紀のこと好きなんだわ。ごめん。迷惑だよな」
「安田さん……」
好かれていること事態に悪い気はしない。しかし、俺は兄に尽くすと決めていた。
「済みません。安田さんの気持ちには応えられないです」
「だよな。忘れて」
捨てられた子犬のような目をするので、俺はそっと安田さんの手を握ってしまった。
「少しだけなら……いいですよ」
「本当に……?」
俺は生まれて初めてラブホテルに入った。安田さんは慣れた様子でパネルで部屋を選んだ。
「この時間だけ……恋人ごっこしましょう」
「うん……静紀、おいで……」
することは既にしている間柄だ。しかし、二人きりというのが俺を高ぶらせた。
「静紀……好き。好きなんだ……」
「安田さんっ」
「下の名前で呼んで……」
「和哉さん……」
俺はねっとりと和哉さんを愛した。兄に教えられたことを使い、悦ばせた。兄に対する罪悪感はあったが、知られたところで本人はそんなに気にしないのではという気はしていた。
終わって、俺の腕の中で深く呼吸をする和哉さんを見ていると、このまま眠らせてあげようかという気になった。
「静紀……帰らなきゃだよね」
「うん、でも……一晩くらいいいですよ」
俺は正直に兄に和哉さんと泊まることを連絡した。はーいとネコのスタンプが返ってきただけだった。
和哉さんが寝てしまい、俺はそっとベッドを抜け出してタバコを吸った。兄のことがなければ、彼と付き合っていたかもしれない。でも、そもそもは兄に男の味を覚えさせられたのだ。妙な巡り合わせだなと思いながら煙を吐いた。
俺も眠り、朝になって、髪を撫でられているのに気付いて目が覚めた。和哉さんの顔がすぐそこにあって、見つめていると勝手に手が動いた。
「あっ……静紀っ……」
「もう一回、しましょう……?」
気持ちを受け取らないと言ったくせに、身体だけ重ねるなんて、我ながら酷いことをしている。でも、止められなかった。
帰宅すると、兄はベッドの中央でイビキをかいて寝ており、俺は長い髪を指で弄んだ。
「あっ、静紀ぃ……おかえり……」
兄はくわぁと大きなあくびをした。
「ごめんね。寂しかった?」
「うん。ぎゅーしてくれたら許してあげる」
兄を抱き締めると、こんなことを言われた。
「和哉くんの匂いがするぅ」
「そんなのわかるの?」
「わかるよー。でもいいよ。僕は静紀のこと縛る気ないし」
その夜は、シャケの塩焼きと大根の味噌汁だった。米によく合って最高だった。洗い物も兄に任せたが、もう何も心配いらなかった。
「静紀。今日は僕のこと可愛がってよね……?」
そう言ってしなだれかかってくる兄を抱きとめて、じっくりとキスをした。
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