12 結果
兄に検査を受けさせたところ、兄のIQは、知的障害まではいかないが、一般の人より低いということがわかった。それで、生活を営む上で困難が生じているのだと。
結果を聞き終わり、タバコの吸える喫茶店に寄って、俺は兄と見つめ合った。
「あーちゃん……やっぱりショック?」
「うん、まあ……でも、自分でもわけわかんなかったことに名前がついて、スッキリはしたよ」
兄はいつになく真剣な表情をしたので、俺は身構えた。
「こわかったんだよね、新しく働くの。前の職場でも、僕だけ指示の意味がわからなくて、何回も聞きに行って、結局失敗して殴られて。周りに迷惑ばっかりかけてたし……」
「そうだったんだ……働けばっかり言っちゃってごめん」
「静紀は何も悪くないよ」
俺はアイスコーヒーを一口含んだ。店の中は涼しかったが、外はうるさくセミが鳴いており、ここを出れば汗ばむだろうなと思った。
「僕……やっぱり静紀のとこ出て行くね。身体売ったら何とか生きていけそうだし」
「やめて。俺から離れるのは許さない。あーちゃんは俺のものなんだ」
俺はあえて強い言葉を使った。そうでもしないと引き止められないと思ったのだ。
「いい、あーちゃん。これからは俺の言うことだけ聞いて。俺だけ信じて。俺があーちゃんのこと幸せにする」
「……いいの?」
「うん。たった二人の兄弟だろ」
兄はトントンと指で灰を落とした。
「本当のこと言うと、静紀と一緒に過ごせるの凄く嬉しいんだよ。でも、いいのかな? 僕って他の人よりできないことが多いんでしょ?」
「いいの。外で働くのがこわかったら、家でできることをしよう。少しずつ教えるから」
「うん……ありがとう……」
きゅっと下唇を噛んだ兄は、何かを我慢しているようだった。俺は手を伸ばしてそっと前髪に触れた。
「あーちゃん」
「ごめんねぇ……こんな兄貴で、ごめん……」
テーブルにポタポタと雫が落ちた。兄が落ち着くまで、俺は黙って髪を撫でていた。
帰宅すると、兄はベッドに寝転がってぼんやりと天井を見た。俺は寄り添って兄の胸に耳をつけ、鼓動を聞いた。
「あーちゃん、何か気分転換したいねぇ」
「そうだね。和哉くん暇かなぁ」
俺は安田さんに連絡した。空いているとのことで、飲みに行くことになった。乾杯してすぐに、安田さんに簡単に事情を話した。
「そっか……嵐士も大変だったんだな」
「まあ、僕は僕だし。静紀が居てくれるなら大丈夫かなぁって」
俺たち兄弟の問題を、打ち明けられる人が居てくれてよかったと思った。話せるだけでもかなり気の持ちようが違うのだ。
「まあ、おれもできる限りのことはするから」
「ありがとうございます、安田さん」
兄と知り合いだったり変な性癖があったりしたことは想定外だったが、やはり頼れる先輩だと思った。のだが。
「あのさ……二人にお願いあるんだけど」
「何ですか?」
「セーラー服着て欲しい」
「えっ」
「いいねぇ!」
ちょっとでも期待した俺がバカだった。
「既に持ってきて駅のコインロッカーに詰めてて」
「懐かしいね、女装オプションよくつけてくれてたよね」
「そうなんだ。セーラー服男の娘二人になじられたい」
「男の娘って……もう俺たちアラサーなんですけど……」
「だからいいんじゃないか」
俺を置いて二人はノリノリだ。確かに身体は細い方だし入るとは思うのだが。
「和哉くん、どんな設定でいく?」
「おれはオタクくんで、ギャルっぽく頼む」
「おっけー!」
「ちょっとあーちゃん、俺は嫌だからね?」
すると、兄が俺のジョッキをぐいぐい押してきた。
「飲んでぱぁっとしたらできるって! 絶対楽しいよ!」
「もう、どうなっても知らないからね?」
そして、俺はセーラー服に袖を通した。
「わー! 静紀似合うね、可愛いよ」
「あーちゃんの方が可愛い」
スカート丈はやけに短くて足がスースーした。兄が安田さんに言葉攻めを始めたので、それに加勢する形で俺もボロクソにけなした。
「ありがとうございますぅ……」
何を言っても嬉しそうなので本格的に気持ち悪くなってきた。これさえなければ素敵な人なんだが。
「ほらほらオタクくん頑張ってー」
兄はすっかり慣れた様子だったので、二人は前からこんな感じだったのだろう。俺も酔いに任せて安田さんのことをメチャクチャにした。
「はぁ、はぁ、ありがとう……」
俺と兄はセーラー服のまま、三人でタバコを吸った。
「和哉くん変わってないね! むしろ年取って酷くなってるよ!」
「そうなんだ……」
「何とでも言ってくれ」
汗やら色んなものでセーラー服はベタベタだが、そのまま洗って大丈夫なのだろうか。
「まあ、僕もこういうプレイは好きだから和哉くんがいてくれて助かったよ」
「また違うシチュエーションで頼む」
「はぁ……二人とも……」
「静紀だって演技上手いじゃないか、おれマジでギャルに見えたよ」
それからは安田さんを俺と兄で挟んで眠った。
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