09 転居

 裸のまま兄と寝てしまっていて、起きると昼過ぎだった。服を着てベランダでタバコを吸った。最近色んなことがありすぎて整理が追いつかない。安田さんのことはショックだったが、こちらのことも知られてしまったから五分五分か。

 全ての元凶は兄なのだが、男をかどわかす魔力でも持っているのだろうか。他に何もできない分、能力がそちらに振られていると考えれば納得がいった。

 兄を叩き起こしてトーストを一緒に食べ、これからのことを真剣に話すことにした。


「あーちゃんにまともな生活能力がないことはよくわかった。これ以上犯罪されても困るから俺が見張るね」

「僕何もしてないよ?」

「売春は罰則ないだけで犯罪なんだよ」


 兄は首を傾げた。本当にわかっていない様子だ。


「とにかく……俺と一緒に暮らそう。ここじゃ狭いから、引っ越してもいいし」

「えっ、いいの? やった! ペット飼えるとこがいい!」

「はっ?」

「ネコ飼いたくて」

「あーちゃん自身が去勢してないノラネコみたいなもんなんだよ。これ以上お金かけられないしネコは却下」

「残念」


 そこからの兄の行動は早かった。スマホで家具を調べだしたのだ。


「ダブルベッド置こうよ、頑丈なやつ」

「まあ……どうせ一緒に寝るだろうしね」

「床に座るのしんどいから椅子と机も揃えてさぁ」

「安いやつね……」


 勝手に夢を広げだす兄を途中から放って、物件の見当をつけた。この際会社から多少遠くなっても構わない。広くて家賃を抑えられる地域にしないと。


「僕、加湿器も欲しい」

「ん……とりあえずスマホのメモか何かに残しといて……」


 母さん、あの貯金使うね。兄は俺が何とかする。


「それと、あーちゃん俺の扶養に入れるよ。保険証って今どうなってるの?」

「知らない。なくしちゃった」

「クビになった時に説明とかされなかったの? あと年金は? ん? 失業給付とか出なかったわけ?」

「難しいこと言わないでよわかんないよ」


 兄の元職場にも確認する必要が出てきそうだな。もう腹は決めたし、徹底的にやろう。

 夜は野菜炒めを作って食べさせて、翌日出勤してすぐに人事に相談に行った。快く引き受けてくれて、福原くんも大変だねと同情もされた。

 昼休みは、いつも通りにしないと変だろうと思い、安田さんの隣に行った。


「金曜日はありがとうございました」

「いや、こちらこそ」

「兄を扶養に入れてキッチリ面倒見ることにしました」

「うん……頑張ってね」


 それからは、手続きや物件探しに奔走した。築年数は古いが、リビングの他にもう一部屋あるマンションを見つけ、兄も気に入ったようなのでそこにすることにした。

 家具や家電選びは兄に任せていたが、見た目にこだわり、高いものばかり候補に出してくるので、結局俺が決めた。

 五月の連休を使って引っ越しをすることになり、俺と兄は荷造りを始めた。


「あっ! アルバム、静紀が持ってたんだ」

「ああ……母さんが死んだ時、そういうものは俺が引き取ったんだよ」


 アルバムには所々抜け落ちた部分があり、父が写っているものを捨てたのだなと思った。幼い頃から俺と兄はそっくりで、揃いの服を着せられやんちゃに笑っていた。兄は目を細めて母の顔を見て言った。


「母さんともっと一緒にいたかったな。旅行とかもしたかった」

「うん……これからって時だったのにな」


 兄弟を育て上げただけでなく、お金も残してくれた母には頭が上がらない。天国で幸せに暮らしてくれているといいけど。


「はい、あーちゃん、思い出に浸るのはそこまで。手ぇ動かして」

「はぁい」


 なるべく費用を抑えたかったから、自分で組み立てる家具がほとんどだった。兄は案外そういうことが得意だったようで、任せることができた。

 リビングにはダイニングテーブルと椅子を置き、もう一部屋にダブルベッドを置いた。貯金はすっかり使い果たしてしまったが、これで新生活が整った。


「わあっ、静紀、今度のお風呂は広いねぇ」

「追い炊きついてないんだけどね」

「二人で入ればいいじゃない。お湯はろうよ」


 最初の夜、俺は兄とバスタブに浸かった。兄は後ろから俺を抱きしめ、手足をさすってきた。


「気持ちいいねぇ、静紀」

「うん……安心する」

「このままする……?」

「ちょっと、そんなとこ触らないでよ」


 刺激に負けて、やってしまった。兄はとろんとした目を向けてきて、何度もキスをしてきた。

 前の社員寮に置きっぱなしだった住民票も移させ、兄の保険証も発行してもらった。これで何かあった時も何とかなるだろう。


「あーちゃん。短時間でいいからバイトは探して。ちょっとでいいからお金入れて」

「うん。そのうち探すよ、そのうち」


 しかし、兄は少しでも暇があるとスマホでゲームをしていた。課金だけはやめさせたものの、時間ばかり費やしていた。

 一層仕事を頑張らねばならない。俺は休む間もなく働いた。

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