08 泥沼

 兄と安田さんと三人で部屋の中にいた。何だこの状況。俺はベッドのふちに腰掛け、二人は窮屈そうに床に座っていた。


「久しぶりだねぇ! まさか静紀と同じ会社だなんて知らなかった」

「あーちゃん……安田さんのこと知ってたんだ」

「うん! よく買ってくれてたから」

「えっ」


 安田さんを見ると、顔を真っ赤にして手をぶんぶん振っていた。


「いや、その……」

「和哉くんいいお客さんだったんだよ。たくさんオプションつけてくれたし。例えば」

「それ以上やめて」


 安田さんは兄の口を手でふさいだ。


「安田さん……見損ないました……」

「昔のことだよ……」


 兄は安田さんの手を引き剥がした。


「和哉くん、いきなり連絡つかなくなったから心配したんだよ?」

「就職したからもうやめようと思ったんだよ……」


 兄はバンバンと安田さんの背中を叩いて言った。


「元気そうでよかったぁ! せっかくだしまた買ってくれる? そしたらお小遣い稼ぎできるし」

「ちょっとあーちゃん! そういうこと俺以外としないって約束したところでしょ?」

「えっ?」

「あっ」


 墓穴を掘ってしまった。泥沼だ……。


「二人って、その……」

「聞かなかったことにしてください」

「いや、無理」


 呑気なのは兄一人だった。


「せっかくだから三人で飲もうよ! 昨日の酒まだあるしさ!」


 兄は冷蔵庫からガンガン缶を出してきた。安田さんは手をつけたが俺はやめておいた。兄は安田さんの肩に腕を回して言った。


「懐かしいなぁ。和哉くんとラブホのポイント貯めるの頑張ったよね」

「お願いもうやめて」

「いいじゃない、この三人立派な兄弟だし」


 うん。まさか安田さんとも兄弟になっていたとは想定外だ。


「っていうか、僕と静紀ってけっこう顔似てると思うけど、気付かなかったの?」

「嵐士の名字知らなかったし、雰囲気は違うだろ」

「まさか静紀のことも狙ってないよね? 和哉くんって僕の顔けっこう褒めてくれてたからさぁ」

「……ないですよね、安田さん?」


 否定してくれればいいのに、安田さんは長い沈黙を作った。


「安田さん?」

「……ちょっと下心はあった」

「うっ」


 頼れる先輩だと思っていたのに。これから先、どんな顔をして仕事をすればいいのかわからない。


「とにかく……話は聞いてるぞ、嵐士。これ以上弟を困らせるんじゃない」

「えっ、静紀困ってたの?」

「困ってたんだよ」


 俺はベッドにうつ伏せになり、二人を睨みつけた。


「もうやだ。まさかとは思うけど……兄に酷いことしたの、安田さんじゃないですよね?」

「おれはしてない!」

「そうだよ。和哉くんドMだから虐めてたのは僕の方で」

「いっそ殺して」


 俺の秘密も知られてしまったし、こっちだって死にたい。


「そもそもどうやって安田さんは兄と知り合ったんですか……」

「バーで出会ったんだよ」

「そうそう。何かいけそうな気がしたから誘ってみたらノリノリで。あの頃の和哉くん可愛かったね」


 やっぱり兄が発端だったか。俺も人のことは言えないが、ちょろいにも程があるだろう。俺は彼らに背を向けた。


「もう寝ますね。勝手にやっててください」


 兄が何か言っているようだったが、体力も限界だったし、聞こえないフリをして眠りに落ちた。

 そして、乾いた音がするので目が覚めた。辺りは暗く、ぼんやりとしか見えなかったのだが……兄が卑猥な言葉で罵りながら、四つん這いになった安田さんの尻を叩いていた。安田さんはもっとお願いしますと懇願していた。


「……もう!」


 俺が身を起こすと、兄はぽやんとした笑顔を向けてきた。


「あっ、静紀起きちゃった?」

「何やってんだよ!」

「勝手にやってろって言ってたから」

「そういう意味じゃないんだよ!」


 安田さんはよく見ると全裸だった。こんな形で先輩のあられもない姿を見たくはなかった。

 スマホで時間を見たらまだ夜中の三時。今すぐ安田さんを追い出したいが、電車も走っていないしそうもいかないだろう。元はといえば俺が潰れて送ってもらったからだし。


「ごめん福原くん……ごめん……」

「安田さんのことカッコいいと思ってたのに……実際に醜態晒さないでくださいよ。それともわざと晒したかった変態なんですか?」

「あっ……年下敬語攻めはそれはそれでそそるからありがとう……」

「うわっ……」

「ねぇ静紀、和哉くん可哀想だから最後までやってあげていい?」

「もうどうでもいいよ」


 安田さんも開き直っているのか、やかましい嬌声をあげて兄にいいようにされていた。俺はすっかり眠れなくなっていたし、兄ってこっちもできるんだなぁ等と感心しながら見届けた。


「……福原くん、お互い、会社ではこれまで通りということで」

「そうですね……俺も言いませんから言わないでくださいね……」


 安田さんが帰った後、兄は俺にすり寄ってきた。


「静紀って逆も興味ある? 教えてあげるけど」

「こわいからやだ」


 どうせ一日中ダラダラしているからだろう。兄はまだ体力があるようで、俺を服の上から揉んできたので相手をしてやった。

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