06 心配

 兄としてしまった翌日、一万円札を握らせ、ウキウキと美容院に出かけていくのを見送り、タバコに火をつけた。社会人になってやめたつもりだったが、一度再開してしまうとダメだ。兄のせいで食費も倍以上かかるし、節約せねばならないのに。

 兄には早く自立してほしいが、身体を売っていたとなると話は違ってくる。二度とそんなことはしないでほしい。本人に嫌悪感も罪悪感も無さそうなので、このまま放り出したらまたやるに決まっていた。

 戻ってきた兄は、ふんわりといい香りを漂わせていた。


「トリートメントもしてもらったぁ」


 長さはそんなに変わっていなかったが、髪はうるうるのつやつや、指でといてみるとすうっと通った。


「よかったね。これで多少は……」

「それよりさぁ、お金足りなかった。あと五千円ちょうだい」

「おいおい」


 どうやらマッサージやらシャンプーやらオプションをてんこ盛りにしたらしい。


「だって、美容院行ったの久しぶりだったんだもん」

「はぁ……しちゃったのはもういいよ……」


 きっと向こうの人の口車に乗せられたのだろう。こんなことなら着いていけばよかった。


「静紀、おなかすいた。ラーメン食べたい」

「じゃあ……行こうか……」


 兄はラーメン屋でも色々つけそうになったので、単品で我慢させた。帰宅してから、今度こそ就活をさせようとスマホを開かせた。


「ここは? 前も工場だったんだし経験活かせるんじゃないの?」

「んー、僕そもそも普通に仕事できるかなぁ」

「というと?」

「前のとこでも色々やらかして、その度に工場長に抱いてもらってチャラにしてもらってたからさぁ……」


 どうしよう。この人完全にダメかもしれない。


「前はよかったなぁ、嵐士は何もできなくていいんだよーって可愛がってくれてて」

「まともに働いてなかったわけ……?」

「うーん、機械触るのだけはやめてくれって言われてたけど、物運ぶくらいはしてた」


 実際にこの目で見ていないから何とも言えないが、兄の能力は思っていたより低いと考えた方がよさそうだった。


「まあ……やってみなくちゃわからないよ。とにかく応募しよう。いいね?」

「はぁい」


 三社に申し込んだところで、夕飯を考えることにした。


「あーちゃん、食べたいものある?」

「オムライス!」

「ん……材料買ってくるよ」


 スーパーに行き、日持ちするカップ麺や冷凍食品もついでに買っておいた。兄は料理が全くできないようだが、さすがにこれくらいなら自分でもできるようだった。

 兄は俺が卵を巻く様子をじいっと見つめてきた。


「静紀、上手だねぇ」

「一時期ハマって、よく作ってたからさ」


 綺麗にできた方を兄の分にした。兄はあっという間に食べ尽くし、ベッドに転がった。


「はぁ……美味しかった。お腹いっぱい。幸せぇ」


 手料理を褒めてもらえるのは素直に嬉しい。これまで誰にも披露したことがなかったし。俺は洗い物にとりかかった。

 終わって、兄を見ると、ベッドでスマホをいじっていた。何をしているのだろうと覗いてみると、ゲームを始めていた。


「前の機種だとできなかったゲームができるんだぁ」

「絶対課金しないでね、絶対」

「しちゃった」

「あーもう」


 中高生の子供を持つ親の気分だ。実際、兄がそうだった時はもっと大変だったのだろう。母も苦労していたに違いない。


「それよりさぁ、こっちおいで、静紀」

「えっ……」

「しようよ」

「今日も……?」


 一度やってしまったのだから、既に取り返しがつかないのかもしれないが、連日というのはどうなんだ。


「僕、これくらいしか恩返しできないし。気持ちよくさせてあげるから」

「でも……やっぱりダメだよ、兄弟でさ……」

「誰も見てないんだしよくない? 僕、静紀のこともっと知りたい」


 真っ直ぐな瞳で訴えかけられて、俺はベッドに入ってしまった。兄は腕を回してきて、ぴったりと胸同士をつけた。


「静紀、ぎゅー」

「……うん」


 この調子で一体何人に抱かれてきたのだろう。想像するのがこわかった。


「あーちゃん……別にやらしいことしなくていいよ。こうしているだけで十分」

「えー、僕色々試してみたいなぁ。性感帯とか似てるのかなぁって興味あるし」


 兄はもそもそと服の中に手を入れてきた。


「くすぐったいって」

「それって気持ちいいの手前だよ?」

「うっ……」


 誘惑には勝てず、またしてしまった。今度はありとあらゆる所をいじくられて反応を見られた。


「あーちゃん、もうヘトヘト……」

「あはっ、静紀可愛い。ねぇねぇ、一緒にお風呂入ろうよ」

「まあ……うん……」


 洗いながら、兄の身体をよく見てみると、足の付け根に小さな丸い痕があった。


「あーちゃん、これ何?」

「ん? 根性焼きされたやつかな」

「えっ……」

「殴られたり首絞められたり色々あったよ。静紀はそういうことしたい?」

「しない、しないよ」

「そう?」


 俺が知らない間にそんな目に遭っていたなんて。いよいよ不安が大きくなってきた。兄は本当に……大丈夫なのだろうか。

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