第8話 愛の絆
店を出た時、私はドッと疲れを感じた。
高校に入ってからというもの、陰キャの私が家族以外とこれほど会話したことはなかった。
それでも男子二人は話し続けている。
「エルサちゃんが生まれたのって、あの映画が作られるより前だよね。名前、どっから付けられたんだろ?」
「斉藤は何にも知らねえな。映画の原作はアンデルセン童話なんだよ。そっからじゃね」
「何にも知らないのは江澤だよ。童話じゃ主人公の名前はカイとゲルタ、エルサなんて名前は出てこないんだ」
「えっ、そうなの?」
「エルサちゃんは知ってる? 自分の名前の由来」
良牙くんはこの質問を予測していたのだろう。迷わず答えた。
「姓名判断です」
「なるほど、占いね。あの映画が作られるって、予言していたのかな」
地下鉄の入口まで戻って来て、斉藤何某は言った。
「今日はありがとう。応援に来てくれて、とても嬉しかった……」
応援に来た一人一人に礼を言っているのだろう、大変だなと思うと共に、人気者にはそれなりの理由があるのだと思う。
「……それで、良かったら来週もまた来てくれないかな?」
私は飽きれた。
「来週? そんなに毎週試合があるの?」
来週は無理だ。推しのBL声優が久々に主演を務めるドラマCDの発売日だ。
もし、店舗特典をゲットできなければ、一生後悔することになるだろう。
江澤が宣った。
「今日でベストフォーが揃って、来週が準決勝と決勝なんだよ」
決勝みたいな大事な試合なら、私以外の全生徒が応援に来るよ。それで満足してくれ。
「ごめんなさい、来週はどうしても外せない用事があって……」
斉藤何某が寂しそうな目をした。何かに似ている。
そうだ、近所で飼われているハスキー犬だ。散歩に行けない時、庭の格子から鼻だけ出して、こんな目で外を見ている。
何がそんなに寂しいのか、私一人が来ないくらいで。
「……でも、エルサちゃんはどうかしら。ねえ、エルサちゃん?」
「リンカちゃんが行かないならボクも……」
渋る良牙くん。
さあ『攻め』よ。アナタ達の出番よ。
江澤が先に動いた。
「エルサちゃん、応援に来てくれよ。来てくれないと、オレ、試合で全力出せないよ」
何たる破壊力。この顔面でこんなことを言われて、NOと即答できる女子は中々いまい。
やはり良牙くんも、潤んだ目で答える。
「お家に帰って、予定を確認します」
「うん。じゃあ、わかったらメッセージくれよ。はい、連絡先」
江澤と良牙くんは、スマホを取り出して連絡先を交換する。
そして、私にもスマホを差し出した。
「ほい、宮里さんも」
私は渋々スマホを取り出す。自分でこの操作をした事がなかったので、良牙くんが全部やってくれた。
どさくさに紛れて斉藤何某もスマホを差し出して来た。
「じゃあオレも」
こうして私のスマホに、家族以外の男の連絡先が、いきなり二件追加された。
斉藤何某と江澤は、JRの駅へと歩いて行った。
私と良牙くんは地下鉄だ。
私は、聞きたくて堪らなかった事を尋ねる。
「エルサちゃんは、どちらが好みだったのかしら?」
良牙くんは、困った顔をした。
「お二人ともステキです。あんなステキな人、ウチの学校にはいません」
「そうね。背が高い人も、顔が良い人も、スポーツができる人も結構いるけど、三つ揃うとなると、そうはいないわよね」
「はい。住んでる世界が違う人達なんで、緊張しちゃいました」
「そんな二人がエルサちゃんに夢中だなんて、なんて素晴らしいのかしら」
ところが良牙くんは不思議そうな顔をする。
「斉藤さんは……斉藤さんは梨花ちゃんが好きなんじゃないですか?」
「フフフ、それはないわ。ウチの高校、クラス替えが無いから、同じ教室で二年目だけど、話したことすら先日が初めてよ。今日は初めて応援に行ったから、気を使ってくれたのね」
「そうかなぁ」
「そうよ。優しい人は誰にでも優しい。その優しさは特別な感情ではないの。それより、来週の返事は早めにしないとね」
「でもボク、江澤さんに男のコだって言ってません」
「女のコとも言ってないわ」
「こんなカッコしていたら、女のコと思われて当然です」
「そうね。だけど人は、周囲の人を不快にさせない範囲で好きなカッコをする権利があるし、今のエルサちゃんをみて不快になる人なんていないでしょ」
「それは……そうかも」
「誰も性別を好きになるのではない。人を好きになるのよ。それが異性か同性かは次の話。知ってる? 戦国の名立たる武将の多くはバイだったって」
「えっ、本当ですか?」
「授業には出てこないけど本当よ。伊達政宗は、男のコと関係を待つたびに自分の身体にキズを入れて愛の証にする、昭和のヤンキーみたいな人だったらしいわ。武田信玄は自身に仕える武将の恋人に浮気がバレて、平謝りの情けない手紙が現存している。織田信長と森蘭丸は、おそらく日本史上最も有名なゲイカップルよ」
「知らなかった……」
「これらの武将は子を残しているから、ガチホモではなかったのでしょう。西洋の宗教の影響が無かった時代、人はもっと自由に同性を愛し、子孫を残すという呪縛が無い分、純粋だったと思うわ」
私は精一杯の笑顔を良牙くんに向けた。
「恋愛には必ず障害が生じる。性別もその障害の一つに過ぎない。それを乗り越えられなかったら、それまでということ。私は、愛の絆で障害を乗り越えるエルサちゃんとカレシの姿を見たいな」
この時、私は悪い癖で、妄想の世界に没入しかけていた。だから、良牙くんが複雑な表情をしているのを、重大なことだとは思わなかった。
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