第7話 壁への想い

「コッチが誘ったんだし、ハンバーガー代くらいオレが出したのに。なんか悪かったね」

 斉藤何某は、トレイの上に積み重なった何個ものハンバーガーとLLサイズのドリンクを運びながら私に言った。

「フフフ、いいですよ。そんなに沢山買って、私の分までなんて、とても言えません。それより、こんなファーストフードより、もっと良質のタンパク質を摂った方が良かったのでは?」

 私のトレイには、当然ながらハンバーガー一個とポテト、そしてMサイズのドリンクだ。これでも食べ過ぎなくらいなのだが。

「今ちゃんとしたメシ食ったら、晩ごはん入らなくなるからね」

 なんと、バリバリのスポーツ男子には、山盛りのハンバーガーなど間食なのだ。

 運良く四人席が空いていたので座る。

 バカデカいスポーツバックを持っている男子二人に、奥のベンチシートに座ってもらう。それでも巨体を持て余しているが仕方ない。

「知ってるよね。コイツは二組の……」

 斉藤何某が横の男子を指差す。

 知らない訳がない。斉藤何某と並ぶ人気者だ。名前は、えーっと……。

「オレ、江澤。喋るの初めてだね、宮里さん……」

 そうそう、江澤だ。ワイルドな感じで、そっち系が好きな女子に人気がある。

 私的には、浮気っぽく見えて今一だが。

 だが、『攻め』としてはどうだろう。一途な『攻め』もいいが、翻弄するような『攻め』もなかなか……。

「……で、そのコは? 擦れ違ったことすら無いよね?」

 江澤は、見かけ通りの直球を投げてくる。

 斉藤何某も頷いた。

「うん。失礼だけど、オレも記憶に無いんだ。その制服はウチの高校だと思うけど」

「だよな。キミくらいかわいいコが、記憶に残らない筈ないのに」

 そう喋ってる間にも、二人の巨人は丸呑みするがごとくハンバーガーを食べ続ける。

 無理もない。これほどの巨体が、あれほどの長時間、空中を飛び回っていたのだ。どれほどのカロリーを消費したことか。

「このコはエルサちゃん。私の兄弟で、学校は別です。制服は私のお下がりで、良く似合うから時々着せて遊んでます」

 良牙くんはペコリと頭を下げた。

「エルサです。今日の勝利、おめでとうございます。スゴい試合でした! 感動しました!」

 江澤が偉そうに頷いた。

「なるほど、エルサちゃんか。知らない訳だ。応援ありがとう。どこの高校?」

「H高の一年です」

「H高ならオレのダチも行ってるよ。でも、こんなかわいいコの話、出たことネェぞ。アイツ、隠蔽してるな」

「ハハハ。江澤、言い過ぎ。学年違うし、全校中の女子を知ってるオマエが普通じゃないんだよ」

 そうだそうだ。それに、臆面もなく「かわいい」を連発して、そっちの方も普通じゃないぞ。

 良牙くんは、顔を赤くして喜んでいるけど……。

「でもさ、二人あんまりって言うか、全然似てないね」

 江澤の言葉に、斉藤何某が慌てて付け足す。

「二人とも、違うタイプの美人だよ」

 素晴らしいフォローだなあ、これでモテない訳ないわ。

 私と良牙くんは、顔を見合わせて笑う。

「私たち、義理の兄弟なんです。親の再婚で」

「なるほど、ナットクだわ」

 大量のハンバーガーを平らげた江澤だったが、まだ食べ足りなさそうなので、ポテトを勧めると遠慮無しに手を伸ばした。

 それを見ていた斉藤何某がたしなめる。

「おいおい、少しは遠慮しろよ」

 私はポテトを一本手にすると、斉藤何某にも差し出した。

「どうせこんなに食べきれないから。斉藤くんも良かったらどうぞ」

「そうかい?」

 その時だ。

 そうだった、この手の男はこんな事をするのだと思い知る。

 斉藤何某は、ポテトに必要以上に深く食い付き、私の指まで口に咥えたのだ。

 マンガではよくあるシチュだが、我が身に起こるとなると狼狽えてしまう。

「あわわ……」

 そんな私を涼しげな目で見ながら、コイツは事も無げに言いやがった。

「うん、ウマい」


 それからしばらく雑談して一区切りついた頃、案の定というか、江澤が恋バナを振ってきた。

「ところで、二人は付き合ってる人とかいるん?」

 私は心の中で感謝を述べながら答えた。

「いません。エルサちゃんは募集中ですよ」

 江澤の目が、ゴキブリを発見したネコの様に鋭く輝いた。

「マジ? じゃあオレなんかどうよ?」

 私は良牙くんの反応を見た。

 状況が飲み込めずにキョトンとしている。

 私が代弁するしかあるまい。

「冗談は抜きですよ」

「マジもマジ、冗談抜きでマジなんだって。守りたくなるような外見も控えめな性格も、オレの理想にピッタリなんだって」

「学校にあれだけ追っかけがいたら、その中に一人くらい理想の人がいたでしょう?」

「そりゃあ、何人かとは付き合ってみたさ。だけど、独占欲の強いコはもう勘弁だな」

「浮気なんかしたら、エルサちゃんが許しても、私は許しませんから」

 江澤は、自分の顔の前に手刀を立てると左右に振った。

「しないしない。よく勘違いされるんだけど、オレって結構一途なんだから。なあ、斉藤」

 斉藤何某は、苦笑いしながら言った。

「ああ、特定のカノジョがいる時は、な」

 私も苦笑いするしかない。

「微妙な言い回しですね……」

 良牙くんに尋ねた。

「……どうするエルサちゃん?」

 ようやく状況が理解できた良牙くんは、顔を真っ赤にして俯いた。

「そんな、ボクなんて……」

 それに江澤が食い付く。

「おっ、エルサちゃんはボクっコかぁ。チクショー、なんてあざとかわいいんだ」

 もし今、私の目の前にいるのが江澤一人か、誰かいても並の男子だったら、良牙くんに迷わず江澤と付き合うことを勧めただろう。もちろん、良牙くんが男の娘である事を明かした上で、だ。

 だが、ああ……人の業とは何と深いものか。

 そこにいるのは、全校女子の人気を江澤と二分する、いや、それ以上の人気を誇る斉藤何某であった。

 私は、そんな二人が一人の美少年を巡って繰り広げる修羅場が見たくて仕方ない。

「斉藤君はどうかしら? ウチのエルサちゃん、好みでしょ?」

「好みか、好みじゃないかって聞かれたら、そりゃあ好みだよ。エルサちゃんくらいキレイなコって、中々いないし。だけど、そういう宮里さんはどうなんだろ?」

「えっ? 何が?」

「何がって、今、好みの相手の話だよね。気になっている人とかいないの?」

「ええ、別にいません」

 すると、なぜか江澤が憮然とした顔をした。

「斉藤、今回ばっかりは同情するよ」

「感謝な、江澤」

 何の感謝かは知らないが、とにかく斉藤も良牙くんが好みで間違いない。

 私は、二人が良牙くんを奪い合って争う現場にどうやれば立ち会えるかを真剣に考えた。そして、壁になれたらいいのにと本気で望んだ。

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