第4話 攻めを求めて

 新しく買ったコスメにより、良牙くんは美しさを増した。

 メイクをする時、良牙くんは無防備に全てを私に委ねる。その時、私は氷像を彫刻する彫刻家の気持ちになる。

 創った瞬間に溶けゆく運命にある氷像のように、良牙くんの美しさも刹那的なものだろう。華奢で繊細な硝子細工の様なこの身体も、いずれ骨格は太くなり、筋肉は肥大する。

 私が求める理想的な『受け』は、儚いが故に美しいのだ。そして、この儚さが泡と消えてしまう前に、理想的な『攻め』と胸キュンな恋愛をさせるべき責任が私にはあった。

 メイクが終わると、私は一歩離れて確認する。

「うん、上出来だわ」

 自然と声が出た。

 微笑む良牙くんと視線が合って、私はキュンに拍車がかかる。

 この目に見つめられて落ちない『攻め』は存在しないと私は断言しよう。

 早く、一日も早く理想の『攻め』を見つけなければと、私の気は急いた。

 だが、『攻め』の生存率は、現実的には希少な存在である『美少年受け』とは違い、割高の筈である。そこには若干の楽観と、だからこそ吟味せねばならないという思いがあった。

 間違っても「カワイイなら男でもいいや」とか「美人の穴ならケツだろうがどこだろうが、ありがたく使わしてもらう」などと言う、性欲丸出しの獣であってはならない。

 願わくば、ただ甘々なだけでなく、時には鞭を駆使しながら、良牙くんを甘美な快楽の沼に引き摺り込むような、そんな天使と悪魔の両面を併せ持つ『攻め』であってほしいと祈った。

 ところが悲しいかな、私には良牙くんに充てがえるような男友だちなどいやしない。かといって、妻子持ちの教師を勧める訳にもいかないではないか。

 ある程度……本当に相手によってはナンパも受容するしかないかという思いになる。

「せっかく新しいコスメで今まで以上にキレイになれたのだし、少し街に出てみましょう」

 良牙くんもそんな気になっていたようで、二つ返事で出かける事になった。



 それにしても、ナンパ野郎というのは凄いものだ。ナンパ待ちの女のコはひと目で見抜くらしい。

 その日まで、私は街を歩いて声をかけられたことなど、一度も無かった。唯の一度も、だ。

 ところがどうだろう。この日は五〇メートル置きに声がかかる。いや、誇張抜きで。

 良牙くんが美しいのもあると思うが、最大の理由は私がどこかに理想の『攻め』がいないかとキョロキョロしているからだろう。

 しかし、やはりナンパしてくるような男に理想に近い『攻め』などいる訳もない。

 ルックスのいい男が多いのは認める。まあ、自分のどこかに自信があるから、知らない女のコの声をかけるようなマネができるのだと思う。

 だが、私の理想の『攻め』像からは程遠い者ばかりだった。

 別にスパダリや俺様である必要はない。ムッツリでも嫉妬深くても構わない。天使と悪魔の両面を併せ持ちながら、最後は『受け』のためなら命すら投げ出す覚悟のある男。

 そんな理想の『攻め』をナンパに期待する方が間違っているのは明らかだ。まあ、せっかくなので、お茶やカラオケくらいなら付き合ってもいいかなと私は思ったのだが、良牙くんが嫌がるので全て断った。

 そして……。

 やはり慣れないことはやるべきではないと反省する事態に巻き込まれてしまう。


 ナンパされるのにも飽きて、もう帰ろうと駅への路地を歩いている時だった。

 タチの悪い二人組に捕まってしまう。

「さっきから見てたけどさ、ナンパ待ちでしょ。オレらと楽しいとこ行かない?」

 これはアカン奴らだと本能で感じた。

 年齢に不釣り合いな高級なスーツ、大きくはだけたシャツから覗くゴールドのネックレスと派手な色彩のタトゥー、強烈なオードトワレの香り。

 顔は笑っているのに、目は笑っていない。女を人間ではなく、商品として見ている。

 反射的に振り返って逃げようとしたが、片方の男が素早く前に立ち塞がった。

「まあまあ、そんな逃げなくてもいいじゃん。暇なんだろ?」

 この段階で大声を出していいものかと迷う。まだ、何かをされた訳ではない。

「暇じゃありません。家族と待ち合わせしていますから」

 私は良牙くんをかばうように前に立った。男だとバレたら、面白がって何をされるか分かったものではない。

「つまんねぇウソはいいって。それよりさ、楽しい思いして大金もらえる、ウマい話があってさ。二人ともスゲェ美人だから、絶対稼げるよ。話だけでも聞いてみなって」

 そう言って、私の腕を掴んできた。

 今こそ大声を出すべき時と思ったが、その力が想像以上に強く、それだけで恐怖に捕らわれ声が出なくなる。これが女を服従させようとする時の男の力かと愕然とした。

 もう一人の男は、馴れ馴れしく良牙くんの肩に腕を回した。首筋に鼻を近付ける。

「ウホッ、いい匂い。いい女って、何で匂いもいいんだ?」

 良牙くんの顔は蒼白だ。

 人通りはあるのに、誰も私たちの窮地に気付いてくれない。

 本当にダメかもしれない、ヘンな所に連れ込まれる。

 そんな思いが頭をよぎった時だった。

 大きな声がした。

「梨花? 梨花じゃないか!」

 それは聞き違える筈もない、父の声だった。

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