第3話 コスメショップ
それまでの私にとって、コスメを購入することは半分義務みたいなものだった。シャンプーや歯磨き粉と同列で、特別感のある買い物ではなかった。
友だちに誘われてコスプレのマネ事をした時は少し凝ったりもしたが、すぐに飽きた。
結局、誰かと一緒にコスプレすると、体形に合ったキャラを勧められる。私の場合、大抵やりたくもない巨乳キャラのコスプレをやる羽目になった。
確かに周囲を楽しませるのもコスプレの意義であるなら、そう勧めることは間違いではないのだろう。
だが、イヤイヤやる類のものでもあるまい。
誰かがアップした私の写真に「めっちゃシコれた」というコメントが付いているのを見た時、私はコスプレをやめる決心をした。
これは、そんな目的に自分の写真や動画が使用されることに歓びを感じる女のコを否定するものではない。それに、恐らく良牙くんも、そういったタイプのコなのだ。
とにかく、私にとってコスメは、自分を魅力的に見せるというより、クラスの女子から何もやっていないと陰口を叩かれるのさえ回避できれば何でもいい代物だった。
ところが、だ。
良牙くんとの買い物は、なぜこんなに楽しいのだろう?
私が僅かな知識を口にするだけで良牙くんは目を丸くして驚き、新しい発見を有頂天になって喜ぶ。
私も、磨けばそれだけ確実に輝く良牙くんを更に輝かせることに夢中になっていた。
しばらくすると、回りにいた女のコたちまで良牙くんに注目するようになった。
「ねえ、あのコ、すごくカワイイ……」
そんな声まで聞こえて、私は良牙くんにコスメを選んでいる自分が誇らしくなった。
そして、良牙くんがカゴに入れたコスメを、追いかけるように棚から取る女のコたちを見て笑ってしまった。
会計の時、店員さんが話しかけてきた。
「高校生ですよね? お二人ともとってもステキで、そこだけ空気が違う感じ。読者モデルとか?」
良牙くんが私の肘の辺りを握り、緊張しているのがわかった。
私は笑って、一言で話を終わらせる。
「まさか」
それにしても、こういった店の店員さんというのは本当に口が上手い。二人で買い物に来ていたら、二人とも上手に持ち上げる。
たとえ片方は胸が大きいだけで、顔は並以下の女子だったとしてもだ。
「お二人が買ったこのコスメ、他の学生さんたちが、みんなマネして買ってますよ。私たちより売り上げに貢献して頂いたわ。これ、サービスしときますね」
店員さんは、これでもかと新作の試供品を袋に入れてくれた。
「使ってみて気に入ったのがあったら、またご来店ください。できたら女子高生の多い時間帯にね」
そして、ピカピカの営業スマイルで私たちを見送ってくれた。
☆
生クリームかアイスクリームだか知らないが、異様なほど盛られた得体の知れないドリンクと、やはり山盛りの生クリームとアイスクリームがトッピングされたシフォンケーキ。
それらを前に、良牙くんは夢中で写真を撮っている。
「スマホを貸してごらんなさい。一緒に撮ってあげるから」
私がスマホを構えると、良牙くんはドリンクを手に微笑んだ。
「でも、良かったのかしら。コスメで沢山お金使ったのに、コーヒーなんてご馳走になって」
「もちろんです。お義姉さんはボクの夢を叶えてくれました。せめてものお礼です」
「大袈裟ね。カフェくらい来たことあるでしょ?」
「いえ、初めてです。友だちは四六時中ハラペコで、いつも牛丼屋だから」
「ああ……大食いの男のコはそうかもね」
「さあ、食べましょう。このお店のシフォンケーキ、とっても有名なんですよ。ずっと来たかったんです」
「私はいいから、良牙くんお食べなさいな。私ね、甘い物を食べると、すぐに太ってしまうのよ」
それは、紛れもない事実だったが、良牙くんは思いのほか食い下がる。
「今日は沢山歩いたから大丈夫ですよ。二人で食べたくてクリーム盛々を頼んだから……」
良牙くんは、上目遣いで私を見る。
「そこまで言われては仕方ないわね。だけど、一口だけよ」
しかし、そうはいかなかった。
フワフワの食感と絶妙な甘さ。ほろ苦いコーヒーと何と合うことか。
一口食べると止まらなくなり、結局半分食べてしまった。人気店には、やはりそうなるだけの理由があるのだ。
楽しい。女装した良牙くんといると、どうしてこんなに楽しいのだろう。
「いつもハラペコの男のコって、例の好きな男のコのことかしら?」
この頃になると、結構何でもズケズケと聞けるようになっていた。
「ええ。でも、前好きだった人です。最近ソイツ、カノジョできたし……キッパリ諦めました」
「まあ……それは悲しいわね。でも、その姿を見たら、彼も気が変わるかもよ。今の良牙くんくらいカワイイ女のコなんて、そうそういないから」
本当に悲しかった。理想の『受け』に急速に近付きつつある良牙くんの愛の行方を見守るチャンスが、早々に一つ消えそうだ。
やはり、良牙くんは首を横に振った。
「一途で真っ直ぐなヤツなんです。だから好きになりました。ボクが女装して、ちょっとカワイイからって、目移りするようなヤツじゃないんです。それに……」
良牙くんの目が泳いだ。何かにためらっているのが伝わってくる。
だが、言葉を続けた。
「……実はもっと好きな人がいて……奥さんも子供もいる人だし、望みのカケラも無い恋なんですけど」
教師だな、と私はピンときた。
学校にも何人かいる。教師に恋している女子だ。
街で擦れ違えばパッとしないタダのオヤジも、彼女たちの学校フィルターを通して見ると、ステキなメンズに映るらしい。
叶わぬ悲恋に身を焦がす良牙くんも一興だが、やはり義姉としては、たくましい『攻め』と王道を行くキュンキュンとした恋愛をしてもらいたい。
だが、頭ごなしに否定するのは御法度である。この手の恋は、否定されればされるほど燃え上がるものだからだ。
「きっとステキな男性なのね。人を好きになることは罪ではないわ。今のその気持ちを大切にしてね。いつか、必ずいい思い出になるから」
そんな、毒にも薬にもならない言葉をかけた。
ところが、なぜか良牙くんの琴線に触れたようで、私を尊敬に満ちた眼差しで見つめた。
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