白室の出雲

天然サバ缶

第1話

気が付けば私は奇妙な空間に一人取り残されていた。一人と三枚と言った方が奇妙さがさらに伝わるだろう。私の前にはアクリルの板越しに一台の薄い縦長のモニターが置かれている。さらにそれが左右に斜め一枚ずつ円になるように。非常に現実離れしている状況に動揺が隠すことが出来ないと思ったのだがなぜか妙に安心している。今私は肘置きのついたゲーミングチェアのようなものに縛り付けられており、立ち上がることはできないものの手は自由。腹回りに一周、そして椅子の足に片足ずつベルトのようなもので固定されており、多少は動かせることが出来るが、痒くなった足の裏を擦り付けて掻くことぐらいの意味しかなさない。状況を確認していると、それぞれのモニターから何かが映し出されようとしている。

ザザザーとこの近代的なモニターに不相応な砂嵐が掛かり、一度何かのマークのようなものが映し出された後、それぞれのモニターに人が映し出された。

右に高校生か中学生くらいの少女。左に小学校中から小学年の幼女。前方のモニターには何も映されていない。また、それぞれが私と同じように腰回りと足を縛り付けられていた。右の少女は学校の椅子。左の幼女は木製のおそらく手作りの椅子。不思議な空間がさらに奇怪さをました。

ここで私は声を出してみることにした。この状況での孤独感から早く抜け出したい。おかしな気にでも起こさぬ前に。

「あの…こんにちは…」

天気も時間もわからなかったこの状況、何を話せばよいのか見当もつかずとりあえず誰に言うわけでもなく挨拶をした。すると左の幼女が何かこちらに訴えかけるように口をパクパクさせているのが見える。

(こ・ん・に・ち・は)

口元を読んでみると確かにそう答えている。喉が動いていることから、こちらからの声しか聞こえていないのではないか。そう考えていると右から声が聞こえてくる。

「誰?」

幼女に一度頭を下げ首を右に向ける。

「あ、なんかごめん今話してるとこだった?」

と申し訳なさそうに話す少女。

「僕の名前は出雲 纏と言います。あなたは?」

「ごめんまったく聞こえない…」

やや食い気味に返事が返ってくる。こちらの声が聞こえていないようだ。右からは声を聴くことができ、左には話すことが出来る。この状況、なつかしきゲームである「伝言ゲーム」のようだと解釈することにした。そうすると左の幼女はこちらにまた何かを伝えようとしていたため、右の少女にジェスチャーでこちらの声が伝わらないと伝え話を切り上げようとする。

「んーと…喉?あー声か、声がバツ…なるほどね。こっちからの声は聞こえてるのね」

私がマルとジェスチャーをしたあと少女はブツブツと何か独り言を言っているようだったため、私は固定されていて少し圧迫されている腰を回し、幼女の方を見ることにした。

幼女はニコニコしながら何か話している。しかしその声は私には届かない。そして、かなりノリノリで話しているようで口元も読むことが出来ない。

「ごめん、なんでかキミの声が聞こえないんだ」

すると幼女は少し悲しそうな顔をした後に口を開く。

(な・ん・で・?)

私にもわからない。正直ここに来る前に何をしていたかさえ覚えていない。わかるのは名前と生年月日ぐらいだ。

「僕にもわからない。けど、伝言ゲームみたいになってる」

と伝えた。幼女はそれを聞き少し考えた後ニコッと笑った後反対側を向き何かに話しかけていた。私から見れば反対側には何も映っていないが、私と同様、幼女には左右の人が見えており幼女から見て左いる誰かに話している。そういうことだろう。

「ねえ、あなた名前ゆっくり教えてくれない?」

先ほどまでブツブツと話していた少女が話かけてきた。幼女とのやり取りの間なにやら考え事をしていたようだったがどうやら落ち着いたらしい。相手には私の声は聞こえないため、私は大きく口を開けておしえる。

ま・と・い

「ま・ろ・い・?」

私は全力で首を横に振り否定した。

ま・と・い

「ああ!マトイさん?で合ってる?」

首を縦に振る。

「あんまり聞かない名前~漢字ってどう書くんだろ…」

纏という字はさすがに口パクやジェスチャーで伝えられるわけもなく断念した。

「あっ、私の名前は千葉 咲高校生。あなたも高校生?」

コクンと少しぎこちなく首を縦に振った。

「なんでかろうじて高校生ですみたいな反応なの…」

高校生…と言ってもいいのだろうか。私は中学から少し学校に行けておらず、一応私立の高校には受かってはいるもののそこにはほぼ行けていない。理由は軽度ではあるが記憶障害であること。授業や日常会話、友人、先生の名前が覚えることがままならなかったからである。今になってはほぼ完治しているのだが、今さら行っても…と少しばかり弱気であり保健室登校を余儀なくしている。

「まあ高校生で安心したわ。私の右の人、大学生か社会人ぽかったから。よかったわ、私だけ取り残されたみたいにならなくて。それにしても最初に話して以来、ずっと左を向いてうなずいているけどどうしたのかしら…」

どうやら私の正面の人は大人の女性らしい。先ほどから左の幼女が左を向いて口を開いていることから正面の女性はずっと幼女の話を聞いてあげているのではないか。すると幼女はこちらの方を向き、何故かとてつもない笑みを浮かべている。

「マトイさ…いや呼びずらい…マトイでいいよね?」

幼女の笑みに気を取られている間に話しかけられていたことに気づいた。

女の人から呼び捨てで呼ばれたことがなかった、いや、あったかもしれないが義務教育期間の記憶がないため定かではなかったがとりあえずうなずく。

「なんか隣のマキさんって人からコイトちゃんが「名前を知りたいから教えて」って言ってるって伝えてだって」

幼女はコイトちゃん。また正面の女性はマキさんというらしい。

幼女、もとい、コイトちゃんの笑みはそういうことだったのかと思い、一度サキさんに会釈をした後コイトちゃんに話しかける。

「僕の名前は出雲 纏よろしくね、コイトちゃん」

するとコイトちゃんはまたニコリと笑い右のマキさんに話かけに行ったようだ。

「正面のモニターにも人が居て私含め四人居るってことね…」

私はサキさんの方を向いてうなずく。

「ああー聞こえてた?マトイはこの状況どう思う?やっぱり異常よね…こんな状況なのもだけどなんでこんなに落ち着いていられるのかしら…」

その通りである。この伝言ゲームのような状況。四人の人間が椅子に縛られ拉致されている。正直取り乱すのには十分すぎるほどの状況である。

「マトイ、また伝言、今度は「好きな食べ物」…って呑気過ぎない?」

小学生ぐらいだからしょうがないのでは?と思ったがサキさんはコイトちゃんの姿が見えていない為、容姿からは年齢を知ることはできない。

「好きな食べ物はジャガイモかな。」

と何のひねりも面白味もない好きな食べ物を言う。そしてコイトちゃんは少し微妙な反応をし、マキさんに話しかけようとしていたがそれに割って入るように会話を続ける。

「僕からも伝言していいかな?」

そう言うとこちらを向いて笑いながらうなずく。

「ありがとう。えーとコイトちゃんの年齢と右にいるお姉さんが今この状況をどう考えているかを教えてほしい。」

するとコイトちゃんは「うん」と返事(聞こえてはいない)をしマキさんに話をしている。サキさんにコイトちゃんの事を知らせつつこの謎の空間の意見も聞く。我ながらうまく伝言することが出来たのではないか。すこし荷が重すぎたか?そんなことを考えながら私はこの場所に来る前の事を思いだそうとしていた。

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白室の出雲 天然サバ缶 @tennensabakan

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