第6話 狐族の里ラムマカンへ ②

 馬車は順調にラムマカンを目指していた。

 林道は整備された道であるから、楽々と進むことが出来る。

 揺れも少なく、穏やかな走行でいける現状は、今までの逃避行とは違い快適であった。


 「順調よね。フラニア様も眠っているし」

 「そうだな。こっちもな」


 ケイラが隣にいるフラニアを見つめ、シャクルも隣にいるエルダを見た。

 腕を組んで、頭がコクンと下がる。

 疲れ果てて、寝てしまっているフラニアとは違い、エルダは体力があるはずなのに寝ていた。

 護衛の依頼料も払ったのに、警戒もしないのかこの人は。

 そう言いたい二人であった。


 ◇


 早朝からの移動はまだ続き、昼頃になったが。

 フラニアはまだ眠りについていた。

 彼女がリラックス出来ている事に安堵している一行をよそに、エルダの鼻が動いた。

 

 「ん!?」


 目が全開に開いたエルダは立ち上がる。


 「どうしました。エルダさん」


 ケイラが聞くと。


 「この匂い。どこからだ」


 エルダが質問する。


 「匂い?」

 

 シャクルには匂いの意味が分からなかった。

 エルダは、馬車の扉を開けて、前後左右を確認する。

 すると、前方から煙が出てきた。

 エルダは一度馬車に入って、馬車内の御者と繋がる窓を開けた。

 ベインとマルコが並んで座っている所に、エルダは怒り出す。


 「あんた。なにやってんだ。煙草か!」

 「え? あ、はい。私の」


 マルコは煙草を吸っていた。

 黙々と薄い灰色の煙を吐いていた。


 「馬鹿野郎。なんで、あんたも注意しない」

 「え。煙草くらい。彼はいつも吸っているので」


 ベインは何故怒られたのか分からない。

 首を傾げた。


 「チッ。甘い考えの奴らだ。いいか。今すぐ煙草を消せ。そんで休まずいけ。ほんとは、馬をここらで休ませたかったけどな。匂いがぶっ飛ぶまで走り続けろ」

 「え。わ、わかりました」

 「このアホ」


 エルダは、マルコの煙草を左手で直接握って、火を消して捨てた。

 馬車に戻るとムスッとした顔で腕を組む。


 「え、エルダさん。何をそんなに怒って・・・」

 「あ。怒るだろ。あんたら、煙草の匂いってどこまで感知する。あんたらの鼻の利きはどれくらいだ」

 「……私たちはあまり遠くまでは利きません」

 「だよな。でもあっちには犬族ドッグズがいたよな」

 「いますね」

 「なら、すぐに位置を把握されちまうぞ。煙草の匂いなんて、煙だけじゃない。服にも着く。その匂いで記憶されてたら、ここも簡単に割れるぞ。あっという間に捕捉されちまう」

 「な、なるほど」


 エルダは彼らの逃走の配慮のなさに苛立った。足が微妙に動き、小刻みに馬車を叩く。


 「うんんん。探知するか。魔力を解放する」

 

 エルダは目を瞑り、魔力を解放。

 自分を中心に円を展開。魔法使いが敵を感知する時に使う。

 魔力展開と呼ばれるフィールドを作成。

 範囲内にいる魔力持ちを把握する技である。

 これは相手が魔力を完全に切らない限り探知できる技だ。

 熟練者であれば、自分の魔力を消すことが出来るが、今回は馬車移動をしているので、魔力を使わずに追いかけることは不可能。

 だからこの技が相手に有効的だと判断していた。


 「な。来てる。まずい」


 エルダは天井の窓から外に出た。

 馬車の上から、後ろを確認。

 目に映る範囲では敵がいない。

 しかし、魔力を展開した先に敵はいた。


 「来たか・・・あれは、兎族バーニ あいつらは厄介だぞ……ベイン。マルコ。急げ。馬を全力で前へ走らせろ」

 「わ、わかりました」


 二人に指示を出した後。エルダは森を見た。


 ◇


 エルダが見つめる先に、兎族バーニの集団がやって来た。

 

 【ミシッ】【ゴッ】 


 「あいつらのここでの移動音。ありゃあ、異常だな」


 兎族バーニたちは、林道の地面を走らずに、その脇にある木を蹴って飛んでくる。

 その速度は異様で、兎族バーニたちは、エルダたちが乗る馬車の前にあっという間に向かってきた。

 敵たちがこちらに来る直前。

 エルダは馬車に手をついて、中にいる者に向かって叫んだ。


 「シャクル。ケイラ!」

 「「はい」」

  

 二人の元気のよい返事の後。

 

 「フラニアを頼むぞ。フラニアは起きてるよな!」

 「起きてますよ。エルダ!」


 フラニアの声も聞こえた。


 「おう。その子を大事に抱きしめてろ。少々揺れるからな!」

 「はい!」


 エルダは拳を合わせて指を鳴らし、最後に首も鳴らした。

 本番に向けて、準備は整ったようだ。

 早くこっちに来いと構え直した。


 ◇


 揺れる馬車の上。

 エルダは地に足つけているかのように立っている。

 微動だにしない姿勢が馬車の上で出来る彼女。

 さすがは、歴戦の猛者だ。

 余裕のある態度で、ケルベロスを肩にかけた。


 「おい。あんたら、なにもんだ。なんであたしらを追いかけてくる」


 兎族バーニが、左右の木を蹴って、こちらを追跡。

 左に右にと、高速で移動し続けている。 

 

 「返事なしかよ・・・せっかくあたしが話しかけてんのによ」


 エルダが話した直後。

 兎族バーニらの気配が消えた。

 あれだけ左右を飛び回っていたのに、姿も消えた。


 「なに!? 何の技・・・ん? もしや、この隠密技・・・」


 エルダはこれでは戦うには不利すぎると銃をしまう。

 両手を合わせて魔力を練り始めた。


 「しゃあねえ。あんまり使いたくねえのを使うか。『静かなる氷結晶クワイアトグラス』」


 エルダの手が青白く光る。

 目には見えない極小の氷が魔法によって生成された。

 エルダはこれを辺り一面にばら撒いた。

 小さな氷の粒が大気を漂い、草や木、花、そして木にも貼り付く。


 「付着完了。そんで、どこを移動してんだ。こいつらは」


 眼で見た時に確認できた敵の数は兎族バーニの四体。

 なので、八個の靴を氷の結晶で探せばよかった。

 右の木にいるのは三体。左の木には一体いる。

 四体の敵なのに、一体だけ別な場所で移動している。


 「ならば、こいつが本命だな。おし」


 敵を感知したエルダは、標的を決定した。


 ◇


 敵の攻撃は小さな針だった。

 エルダの体に少々傷がつく程度の威力での攻撃。

 致命傷にはならないからといって、エルダはその攻撃をわざともらう。

 姿の見えない敵に苦戦しているように周りには映るだろう。

 がしかし、エルダには手に取るようにハッキリと敵の位置が分かっている。


 「三体の敵からの小さい攻撃……そんで、一体は攻撃して来ない。ならば・・・」


 エルダは、敵一体の動きが変わったことに気付いた。

 

 「上だな」


 バックステップをするとエルダがいた場所に剣が突き刺さった。


 「こいつは、やはり今までが囮攻撃だったな。ご苦労さん。あたしに一撃与えるために苦労したな。魔弾丸ジョーヌショット


 剣を馬車に突き刺してしまい、身動きすることが一瞬出来なくなった敵に魔弾丸ジョーヌショットが当たった。

 馬車から降ろされる形で、敵一体が戦場から離脱となる。


 「む。他の奴が警戒しちまったか・・・やべえな。もうちょい引き寄せればよかったか」


 三体の兎族バーニは、攻撃の動きを止めた。

 右と左の木にパッキリと別れて、馬車を追いかけ始めた。

 つかず離れずの距離感で、姿を出したままこちらを窺っている。


 「クソ。隠れもせずにいるか。このまま追いかけ続けてくる気だな。まずい。あたしの魔弾丸ジョーヌショットはあの速さの奴には当てられないしな」


 エルダは、魔力の消費を抑えるために静かなる氷結晶クワイアトグラスを解除した。

 姿の見える敵に使うのはもったいないとしたのだが、戦場は変化する。

 彼女の目は、奥から来る何かを捉えはじめる。



 【ドドドドドドド】【ゴッガッゴッガッ】


 「マジかよ。この音。独特の音と地響きは・・・・まさか・・」


 林道の奥、そこから複数の音が響いてきたのだった・・・・。


  







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