第5話 狐族の里ラムマカンへ ①

 エルダの依頼料は300万Gに決定した。

 この額が安いか高いかは、一般人の生活から比較すると多少分かる。

 エルダが泊った食事なしの宿代が150G。

 屋台で買った焼き鳥一本が20G。

 この物価から見ると、中々の高額な依頼料だ。

 だが、アルスやガルドの両国の上層部の給料からすれば大した額ではないだろう。

 彼らは年で5000万は下らない給料をもらう。

 でもそんな彼らが、命を懸けて仕事をすることはほぼない。

 

 だから、エルダの額は少ないとみていいだろう。

 なにせ彼女の仕事には危険だらけ・・・どころか、全てを敵に回す可能性がある戦いに臨まなくてはならないかもしれない。

 それは、彼女の護衛対象が、あの『竜王の卵』であるからだ。



 ◇

 

 エルダが依頼を受けた翌日。


 「エルダ。もう出発ですか。早朝ですよ」


 フラニアが聞いてきた。


 「あ? 何言ってんだ? 真昼間に移動する阿保はいねえぞ。人けのない時間に一気に移動して、そのラムマカンに行かねえといけねえ。一刻も早く、あんたら狐族フォクシーたちで、話し合うべきなんだよ。その子の処遇をな」

 「……そ、そうですよね。でもこの子を生かす方向に、話はなってくれるでしょうか」

 「それは分からねえ。あんたの旦那はなんて言ってたんだよ」

 「・・・それはまだ・・・」

 「まだ言ってねえのか? そうだな。そうなると・・・」


 まさかまだ事情を説明していないとは。

 エルダは若干動揺した。


 「…あんたらの一族は、東西魔大戦の時。西の勢力だったか?」

 「はい。西軍でした」

 「ならば、思考的には、保護だよな。竜王にするために努力するはず・・・だけど・・・」


 だけど。

 東西魔大戦を経験したハイドラド大陸の人々が、竜王の卵の誕生を素直に祝うことが出来るのかという問題がある。

 あの戦いは、この卵を巡る血みどろの戦争だったのだ。

 二度も経験したくないという感情と思考が働くだろう。

 そして、今回。

 西軍の方に卵が誕生したとはいえ、今の現状の生活を壊してまでも、卵を保護しようと動くのかということだ。

 そして、もし保護することを決定したとしても、東軍であるガルド王国にずっと黙っていることはできない。

 せっかく結んだ平和協定。さらに言えば、両国の友好的な関係を崩しかねないのだ。


 「やばいな・・・状況は最悪か。それに、すでに何者かの追手があるしな。どこのどいつか知らんのだろ」

 「はい。わかりません」


 エルダとフラニアは同じタイミングで馬車に乗った。

 最も近い位置で守るのが、最も効率の良い事であるからだ。

 エルダは馬車の前の窓から御者ベインに話しかける。 


 「まずは急ぐか。ベインとやら、馬を出せ。急げ」

 「わかりました。脇道での移動ですね」

 「は? 馬鹿か。林道を使えよ。ん? もしかして、ラムマカンとフェリスって、林道で道が繋がってないのか?」

 「いえ。最後の部分は隠しの道になってますが、林道で繋がってます。ですが我々は今は追われている立場なら出来るだけ人眼は避けた方が・・・」

 「は? 何言ってんだ。あっちは獣人族だぞ。移動しにくい場所を、馬車で移動してたら、すぐに捕まっちまうぞ。それに周りに密集した木々があると、戦闘した時に向こうが有利になる。そもそもだけどな、ハッキリ言うけどよ。昨日なんで脇道にいたんだ。あんたら? 誰がその指示を出したんだよ、馬鹿だろ」

 「・・・そ、それはマルコが」 

 「マルコ。ああ、一番最初に話しかけてきたやつか。あいつアホだな。視野が悪くなる脇道は意味がねえ。視野が広がる林道を利用する方が意味がある。もし追いつかれた場合に備えることが出来るしな。まあいい。とにかく急げ、敵よりも速く移動したい」

 「わかりました」


 馬車は林道を走ることになった。

 エルダらは、ラムマカンを目指す。


 ◇


 【ガタガタ】


 脇道移動に比べて振動の少ない林道。

 縦揺れも横揺れも軽減されて、フラニアとしては楽に移動できると一安心していた。

 赤子を抱いてすやすやと眠り始めていた。


 「あ、あの。あなたがあのエルダさんなんですか?」

 「ん? あのエルダって?」


 フラニアの熟睡ぶりに安心したケイラが質問してきた。

 ケイラはフラニアの隣にいて、エルダの向かいに座っていた。


 「マルコが言ってたんですが。あなたが、東西魔大戦の末期に現れた九つの頭の竜ナインヘッドの氷炎の魔女なんですか?」

 「ああ。そう言われていた時もあったな・・・今は、ただの旅人だぞ。たまに用心棒して金稼いでるけどな」

 「そうなんですね…へぇ」


 エルダの隣に座るシャクルは目を輝かせる。


 「では。あの有名な……魔法使いの・・・エルダさん」

 

 シャクルは呟いたように話した。


 「魔法使い? あんたら、あたしのことをそう思ってんの?」

 「え。は、はい。魔女だって聞いてますし」

 

 ケイラも小さな声で続いた。


 「あたしは、魔法使いじゃないぞ。あんなすげえ奴らと一緒にすんな。あたしは魔導士だ」

 「え? 魔導士???」

 「ああ。魔法使いの出来損ないだ。あたしは」

 「出来損ない!?」


 シャクルとケイラは、エルダの言葉を上手く飲み込めなかった。


 「あんたら、魔力回路って知ってるか」

 「知ってます」

 「なら、回路の中を魔力が通ることで魔法を放てることも知ってんな」

 「ええ。もちろん」

 「そんで、回路の中で属性を作ることも知ってんな」

 「はい。それも分かってます」

 

 驚いているシャクルの代わりに、ケイラが淡々と答えた。


 「そんじゃ、このハイドラド大陸に住んでいる普通の人間ならば、皆が回路を持っている。大小様々だけどな。だからこの大陸の人々は理論上、誰でも魔法を使うことが出来るんだ。あんたらも大なり小なり使えるだろ?」

 「・・・」「はい。私はあまり得意ではありませんが」


 シャクルは黙って頷き、ケイラは返事をした。


 「そうか。じゃあ、ここからが本番な。魔法使いは回路を巧みに操って、魔力を通す時に属性を変換させる。風や、土。火や水といったようにな。体の回路の機能を変えることで調整して魔法を繰り出しているんだ。これを意識してやるのが凡人で、天才的な奴はこれを感覚的にすぐにやってんだ。魔法使いの才ってここにあると言っていい」


 エルダの指導のような発言の一つ一つを、ケイラは大切にしていた。

 

 「でも、あたしには出来なかったんだ。あたしの魔力回路の機能に、属性変換を行う力が足りなかったんだ。弱々しい魔法しか扱えなかったんだよ・・・」


 エルダは遠い昔を思い出す。

 幼い頃の自分を・・・。



 ◇


 ホームにエルダがやって来て、一年以上。

 修行をつけてもらっていたエルダは魔法を生み出す力が弱く。

 マッチの火のような炎の魔法。手くらいしか洗えない水魔法。

 小石も動かせない風魔法。 指一本分くらいの穴の土魔法。

 それくらいの力の魔法しか出せなかった。

 

 「クソガキ。才能ねえな」


 団長アクセルの辛辣な言葉の次に。


 「あら、アクセル。ハッキリ言い過ぎよ。この子の才能はまだこれからでしょ」


 副団長エリンの反対意見が飛び出した。


 「エリン慰めんな! こいつは一年以上も訓練してんだぞ。ハッキリ言ってやって、ここから立ち上がってもらわねぇとな」

 「だから、言い方ってものがあるでしょ。この子は女の子よ。もっと別の言い方にしなさいよ」

 「うるせえ!!」

 「子供みたいに怒るのはやめなさい。あなたはいい大人なのよ!!」


 副団長エリンは、アクセルを叱った後。

 エルダのむくれた顔をつねる。


 「ホントにもう。デリカシーがないわよね。この人は・・・ねえ、エルダ。私はね。あなたに才がないなんて思わないわよ」

 「ほんとか。エリン」

 「ええ。だって、あなた。全く疲れてないわよね。毎日。毎日。魔法だけじゃなく肉体の修練をしているのに、あなた、息一つ乱れないもの。これは才能よ。だから、スタミナはあるはずよ」

 「スタミナはな。こいつ。それだけは化け物だよ」


 二人の会話の間に、アクセルが入ってきた。


 「アクセル、うっさい。あたしを馬鹿にすんな」

 「はいはい。馬鹿にしてねえよ。本当のことを言ったまでだよ」

 「なにを!」

 「ああ。はいはい。エルダ。この人と戦っちゃダメよ。自分のペースを乱されるだけよ」


 エリンが仲裁に入ってくれるのがお決まりである。

 すると三人の間に、白い男がやってきた。

 犬の耳に白髪。

 服装もまた白で固められた男だ。


 「アクセル。エリン」

 「お、なんだ。アダル?」

 「珍しいわね。アダルウォルフ。あなたが話しかけてくるなんて」


 九つの頭の竜ナインヘッドの白狼アダルウォルフ。

 狼族ウルフスの中でも珍しい白い狼。

 一匹狼気質の男性で、滅多に話すことがない。


 「エルダを改造したらどうだ」

 「あなた。まさか。あれをさせる気なの」

 「ああ。俺の印象では、エルダは回路自体は大きいと思う。魔力量が豊富だしな。でも・・・」

 「でもなんだよ。アダル」

 

 もったいぶった言い方だったので、しびれを切らしてアクセルが聞いた。


 「エルダには変換の才がない。おそらく、回路の中に癖があるな」

 「・・そ。そういうこと。なるほど。アダルウォルフの言いたいことが分かったわ」

 「んだよ。お前らだけで納得すんな。俺にも教えろ」


 エリンは口下手なアダルの話を少ない言葉で理解した。


 「エルダには、得意分野があるみたいよ」

 「得意分野?」

 「ええ。通常、回路自体には癖が無く、魔力を通した際に回路が変換を行って、どの属性も扱えるはずなの。でもこの子には癖がある。おそらく、火と氷が得意ね。他の時の反応が悪いもの」

 「は。どっちも雑魚の魔法しか出せねえぞ。得意って言える範囲かよ」

 「馬鹿にすんな、アクセル!」


 エルダはつま先で、アクセルのすねを思いっきり蹴った。

 

 「いでえ。このガキ!」


 エルダは、アクセルに捕まり、頭にぐりぐり攻撃を受ける。

 エルダが『いだだだだ』っと言っている最中でも、二人の会話は続いていた。


 「そうだ。だから俺は、火と氷の力でこの子の回路を固定するべきだと思う。二色固定をしよう」

 「・・・二色ね・・・でも一か八かじゃ。あれは古の技術よ」

 「ああ。わかってる・・・・でもこのままのエルダでは、全く成長しないぞ。回路に変換能力がないからな。いつまで経っても、俺たちと共に戦場に赴くことはできないだろう」

 「でも、失敗すれば・・・この子の回路は」

 「ああ。そうだ。回路は無意味で、魔法使いとしては死ぬ。しかし、それを決めるのは、お前じゃない。覚悟するのはエリン。この子だ」


 アダルは、アクセルのイタズラを止めると、エルダに話しかける。

 ぶつぶつと途切れるように話す彼は、口下手な男である。


 「エルダ・・・お前、戦いたいだろ。俺たちと一緒に・・・」

 「当り前だ。アダル。あたしも戦う」

 「そうだよな・・・お前はそういう子だ。ならば、賭けるか。可能性に。強くなる可能性に」

 「・・・え・・うん。賭けるよ」

 「これは失敗すると回路が潰れる」

 「じゃあ、成功すると」

 「ふふふ」


 滅多に笑わないアダルは、自分が失敗することを考えないエルダに感心した。

 小さい子であるのに勇気がある子だと、彼女の頭を撫でる。


 「成功すると、お前は魔法を扱えるようになる」

 「ほんとか。すげえ」

 「ああ。ただし。火と氷の属性しか扱えんことになる。あとは魔力自体の無属性。この三つとなる」

 「そうなのか・・・でもいい。強くなる方に賭けるよ」

 「そうだよな。お前はそう言うと思った。ではここから、お前の回路をいじる。秘術である魔導士改造をする。エリン。お前の力を借りるぞ。あとはコニーとランハートを。二人のカバーがほしい」

 「ええ。わかった。やりましょう」


 こうして、エルダの回路自体に癖があるならばと。

 九つの頭の竜ナインヘッドのメンバーは、逆にその癖を強制的に固定することにした。

 回路改造の秘術『永劫変換』と呼ばれるものをエルダに施したのだ。

 これを施された人間は、その昔。

 特化して強化した人間。

 強化人間と呼ばれていた。

 その言われ方が気に食わなかった人間たちが、自分たちの事を魔導士と呼ぶことにしたことから、回路が特化した者のことを、『魔導士』としたのだ。

 魔導士とは、他の属性の魔法を扱えない分、自分が扱う魔法の威力が尋常じゃなくなる。

 戦い方に幅を持たせられないが、それでも強力な力を得る者のことである。



 ◇


 「てなわけで、あたしは中途半端な魔法使い。魔導士って訳よ」

 「えええ。でもお噂では、戦場を燃やし、凍らせると・・・」

 「おう。出来るぞ。その二種はあたしにとって簡単だからな。でもそれ以外は何も出せねえのよ。だから戦闘で、あたしが不得意とする魔法で敵に迫られると、圧倒的に戦いが不利になっていくのさ。だから、あたしは半端者なのさ。それでも強いけどな。ガハハハ」


 自分の戦いに幅がないことを熟知している。

 エルダは自分自身の得手と不得手を理解し、だから魔法以外の戦闘方法も学んだのだ。

 肉弾戦闘が得意となっているのは、この事情から来ていることだった。


 「まあ、そういうわけだから、あんたらもわかってくれ。あたしってそんな偉い奴じゃないからな。ほんじゃ、寝るわ」

 「「え?」」


 二人が驚いた数秒後。


 「ゴゴゴゴゴゴゴ」

 

 鼻提灯が出ているエルダを見ることになった。


 

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