第4話 誕生していた卵

 宿屋通りのメインの場所。


 「こちらです」


 マルコが紹介したのは高級宿だった。

 入り口でエルダは足を止めた。


 「あんたら、追われてるんだろ? なんでこんな目立つ場所に宿取ってんだよ。馬鹿か?」

 

 豪勢な宿を見上げたエルダは苛立つ。

 追われる立場の人間が何を堂々と良い宿に泊まってんだと思ったのだ。

 

 「そ、それは、ここならば逆に襲ってくるわけがないかと」

 「アホ。敵の目的が明確なら、人込みなんて関係ねえんだぞ。隠密で、こっちに来て、襲ってくるもんなんだわ。敵っちゅうのはな。こっちの考えを越えてくるもんだと想定しておけよ。そんで逃げる側はな。相手の考えの逆を突かないといけねえんだわ」

 「は、はい。わかりました」

 「ああ、覚えとけ。一つの油断が命取りになるってな」



 ◇


 エルダはマルコに案内されて、目的の人物がいる部屋に到達した。

 宿のスイートルーム。

 扉の前からその豪勢な雰囲気が漂う。花瓶に使われているのも金や銀などの高価な物だ。

 余計な物ばかりがある場所だなと感じるエルダは、その思いを表情には出さずに中に入った。


 「奥へ。どう・・・」


 扉を開けたマルコを置いて、エルダはずかずかと中に入った。

 部屋にいた護衛たちが身構える。

 下々の者は、許可のない移動をしてはならない。

 奥の部屋に行くための廊下で、二人の護衛が立ちはだかる。


 「貴様、勝手に」

 「止まれ。それ以上はこっちに来るな」


 ベインとシャクルが前に出て、エルダの進攻を止めた。

 だが。

 

 「おい。あんたら。あたしの行く道を邪魔する覚悟があるのか」


 エルダの魔力が少しだけ解放されると、その圧力に屈っして、ベインとシャクルは後ろに下がりたくなった。それでも主の護衛である二人は、恐怖に打ち勝とうと懸命に立つ。

 

 「ほう。気概はあるか。でも邪魔だ。あたしにぶっ飛ばされねえうちに、下がっときな」

 「き、貴様ぁ」

 

 言い合いの中。部屋の奥から声が聞こえて来た。


 「皆さん。そちらの方をお通ししてください」

 「だそうだぞ。勝手にいくわ」


 エルダはベインとシャクルの肩を叩いて労った。

 いつでもどこでも余裕のある女性は、ようやく依頼主の部屋に辿り着いた。

 

 ◇


 「こちらに来てくださいまして・・・ありがとうございます」


 赤子を大切に抱いているフラニアは、丁寧に頭を下げた。


 「ああ。そういうのは別にいい。あたしは用件だけ聞きに来た。早く話してくれ。あたしって忙しいからさ」

 「「「な!?」」」


 フラニアとマルコ以外の三人が驚く。

 マルコは「嘘だ。さっきまでずっと寝てたじゃないか」と口に出したかったが、別な意見を言うためにフラニアの横に立った。


 「フラニア様。やはりこの方はエルダ様でした」

 「やはり、そうでしたか・・・なら」


 二人の会話を遮るようにエルダが話し出す。


 「んで! 用件は何よ?」

 「ウフフ。あなたはせっかちなのですね。私としては、昨日のお礼から、受け取ってもらいたいのですが…」

 「いや、あたしさ。別にあんたらのことを助けた記憶がないんだよね・・・・そうか。あの邪魔者がいた時に周りにいた人たちだな。なら、なおさらお礼なんていらねえよ。あいつらはただの虫だったからな。追い払っただけよ、……ふわぁぁあ。あたし、さっきまで寝てたんだ。眠てえからさ。用件の説明は手短にな」


 一切表情を崩さずに会話していたエルダは、ここであくびをする。

 こんな豪勢な部屋を取るくらいであるからにして、相手が偉い人間であろうことは容易に想像できる。

 それなのに不遜な態度を続け、相手の様子を窺う。

 エルダという女性は度胸がありすぎて、フラニアの周りを固める人たちを困惑させていた。

 

 「では、率直に。あなたに依頼したいことがあって来てもらいました……私共の一向に加わり、この子を守っていただけないでしょうか?」

 「……なるほどな」


 エルダはすぐに事情を察した。

 偉い身分である事を言わない女性には深い事情があると推察されるし、女性が大事そうに抱えている子供だって、顔を見せないでいた。

 目深に被るフードのようにタオルで包んみこんでいる。

 顔を頑なに見せないくらいの警戒度。

 一体どんな事情があるのだと、少しだけ興味は沸いた。


 「んじゃ」

 

 エルダは、右手を上げて振り返った。


 この一言に。

 この動作に。

 エルダは全ての意味を込めた。

 提示条件も何もないのに、それだけで「うん」と返事をしろは無理がある。

 交渉の主導権はそちらには握らせない。

 エルダの駆け引きは始まった。 

 そう易々とはうんとは言わない。

 自分の価値を下げるような行動はとらないのである。

 

 「お。お待ちを・・・で、では値段を…‥い、いくらならよいのでしょうか」

 「・・・ん。そうだな」


 二歩出口に進んだエルダは、振り返った。

 左の碧眼だけで、フラニアの表情を覗く。


 「…いくら出す気だ。あたしは安かねえぞ」

 「・・・50万でどうでしょう。その金額なら十分かと」

 「あんたら追われてるんだろ。払う額が少なすぎじゃねえか」

 「でも、あの時の敵はもういないし。それに敵はあなた様が追い払ってくれたので・・・」

 「そんな認識じゃ甘いぞ。追跡が第二部隊まであったのなら、どこまでも追いかけてくるぜ。魔大戦の時は八部隊くらいあったからな。んで、あんたらはどこから逃げてきたんだ?」

 「え・・・そ、それは」

 「それと、あんた・・・あんたが抱えてるガキ。そいつが敵の目的の人物だろ。あの数で追いかけてきたってことは、よほどのガキだろ?」

 「………」


 フラニアは黙る。

 自分たちの事情が重い分、よそ者のエルダに簡単には話せなかった。

 

 「だろうな。軽々と話せねえくらいに事情が深いんだろ。それにあんた。それをカバーするために、なにか言い訳でも考えておいた方がよかったな。こういう時は、すぐに受け答えしねえとその事情の深さを相手に悟られるぜ。そういう所も甘えぞ」

 「・・・・」

 「ほら黙る。ここでもすぐ反論しないとな。あたしの意見の全てが正しい事になっちまうぞ」


 エルダの弁舌は、相手を土俵際まで追い詰めた。


 「それ、事情を言え。大体は察してるからよ。そのガキ。よほどだろ」

 「……わ、わかりました。では誰にも口外しないと」

 「それは額次第だな。あたしはそこんところは厳しいぞ」

 「いいでしょう。では良い額をお渡しする前に、あなたを信頼して事情を・・・」


 フラニアはエルダを手招きして、部屋の中央のソファーに座らせた。

 机を挟んではす向かいに座ったフラニアは、赤子のタオルを解き、顔が見えるようにして抱き直した。


 「な!? その特徴は・・・」

 

 おでこに半分に折れた角。手の甲に鱗。

 この二つの特徴は、昔、団長アクセルから聞いていた通りの特徴だった。

 

 「まさか、そいつは竜王の卵か!?」

 「・・・はい。この子は卵のハイルフィンであります」

 「マジかよ。ついにこの時代に・・・誕生しちまったのか」

 

 戦場でも動揺することのないエルダが目を閉じたのに天井を仰いだ。

 かつての仲間たちの顔が、瞼の裏に浮かんでくる。

 団長、副団長・・・と次々と出てくる仲間たちの顔・・・。


 自分たちは、この卵を巡る不毛な戦争を終わらせるために戦い抜いたのだ。

 誰が何を言おうとも。


 我ら九つの頭の竜ナインヘッドは、正義を貫き。

 西軍東軍の両方を完膚なきまでに破壊した。

 血の滲むような努力で、戦争を終結させたのは、卵が誕生する以前の出来事だ。

 

 あれほど苦労したのに、両国の戦争の目的が目の前にいる。

 生まれるかもしれないとして起きた戦争が東西魔大戦。

 では、生まれてしまったあとは、あの戦争が起きてしまうのか。

 これを知れば、両軍にある停戦協定は、どうなるのか。

 平和協定まで作り上げたこの世界に、新たな火種となる人間が誕生していたのだ。


 「クソ。どうすればいい。ここで殺したほうがいいのか・・・それとも・・・生きた方がいいのか」


 エルダの一瞬の殺意。

 場を埋め尽くすような圧迫感が生まれる。

 部屋がミシミシと鳴った気がした。


 「ゆ、許しません。そんなことは、私はなんとしてでもこの子には生きていてほしいのです」

 「んなことはなぁ。わかってる。でも、あたしらだって、何のために・・・戦ったと・・・」


 珍しく語気を強めたエルダ。 

 激しい物言いに周りの護衛たちは戦闘態勢に入っていた。

 その様子を瞬時に察知し、エルダは逆に冷静になった。

 現場が戦場であれば、エルダという人間は臨戦態勢を取るのである。

 

 「くっ。待て。ちと考える時間がほしい」

 「わあ、わあ」


 エルダの話を遮るように、赤子が笑った。

 戦闘前の緊張感が漂う部屋で、堂々と笑う赤子に拍子抜けを食らった。

 

 「うう! わあ」


 抱きしめられていた赤子は、強引に腕から半身を出して、エルダの方を見た。

 真っ直ぐで、綺麗な瞳を、エルダに見せつける。

 するとエルダもその瞳を見つめる。



 ◇

 

 懐かしき過去の記憶。

 九つの頭の竜ナインヘッドの団長アクセルと幼いエルダは、本拠地ホームの修練上で会話をしていた。

 エルダもだが、アクセルも思ったことを口に出す性格だ。


 「アクセル。なんで、あたしを拾った」

 「…あ?」


 ドラム缶の上に座るエルダは、修行前の準備をしていたアクセルに聞いた。

 黒の手袋を嵌めながらアクセルは答えた。


 「なんで拾ったんだって聞いたんだ!」

 「なに、そんなこと気にしてんのか。クソガキ。拾われたんだからいいじゃねえか」

 「うっせ。気にしたことないわ」

 「俺に直接聞いてきたってことは、気になってんじゃねえかよ。そういう時は、俺に聞くよりも、エリンにでも聞いておけばいいんじゃねえか。あいつの方がお前を拾いたがっていたからな」

 「・・・ふん。もういい!」

 

 エルダがそっぽを向くと、アクセルは笑う。


 「ハハハハ。す~ぐお前は、不貞腐れる。生意気な癖に、まだまだガキな部分があるな。ほんじゃ、少し教えておいてやる」

 「ほんとか」


 アクセルがエルダの頭を撫でると、エルダは嬉しそうに笑った。


 「ああ。大切な事だ。覚えておけ」

 「わかった」

 「いいか。生きてえって意志はさ。言葉だけじゃ分からない時がある」

 「・・・ん???」

 「そんで態度でも分からなねぇ時がある」

 「は?」

 「だけど、唯一……その意思が分かる体の部位があるんだ」

 「・・・どこの部位で分かるんだ?」

 「眼だ。いいか。エル! 生きたいと願う者の意思は、言葉や態度には現れずらい。そのかわり、瞳に光が宿るんだ」

 「へ? 何言ってんだ? アクセル???」

 「エル。この事に気付くようになった時。その時。お前は俺を理解するだろう」

 「……は?」

 「だから、今は懸命に生き抜け。誰よりも強くなって、誰かを救えるくらいになったら、お前はきっとその瞳を見分けるぜ。俺の言葉、覚えとけよ。クソガキ。ガハハハ」


 いつものように高笑いして去ろうとするアクセル。

 その背中をエルダはぼんやりと見つめた。


 ◇


 エルダの目には、赤子の瞳が映った。

 光り輝く金色の瞳は、綺麗で儚く、それでも力強く輝いた。

 それは金色の瞳だから輝いて見えるのではなく、瞳自体に光が宿っていたのだ。


 「そ、そういうことか。アクセル・・・そうだよな。生きてえって意志は、赤ん坊にだってあるよな。それに、竜王の卵だからって、何が悪いんだっつう話だ。卵だって生きてたっていいはずだよな。あん時のあたしみたいによ」


 エルダは決意した。

 かつての自分と赤子を重ねた。

 生きたいという意思は、他人が持つんじゃない。

 自分の心の中にある。赤子の瞳の力強さに、エルダは賭けた。


 「わかった。引き受けよう。そのガキを守ろう」

 「え。本当ですか!」

 「ああ。ただし・・・・」

 「・・・た、ただし」


 フラニアが緊張で強張る。


 「あたしへの依頼料の交渉は、これからだぜ。忘れんなよ。あたしは高いからな!」


 エルダは茶目っ気たっぷりで答えた。


 これが氷炎の魔女エルダと竜王の卵の出会いだった。

 ここから始まる大陸の運命を左右する旅は、過酷で困難な旅路となるのであった。


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