第3話 ガサツ女でテキトーです

 都市フェリス。

 ジャルマの大森林南西地区にある大都市。

 アルス王国が所有する都市である。

 

 過去。

 都市フェリスは、東西魔大戦の際に、ジャルマ平原北とジャルマ平原南の隠れた物資拠点として活躍した。

 森での物資の運搬は困難であるが、敵に気付かれずに行える利点を利用していたのである。


 そして現在は、両国を行き来するための旅の補給地として活躍している。

 森の中にある都市の、アルス王国のフェリスと、ガルド王国のヒュリスは、森での移動間を支えていて、特にフェリスはジャルマの大森林南西に位置しているから、ジャルマ平原南に移動しようとする人のためにも、様々な準備を整えている。


 だから都市フェリスは、食料から、武器や防具、修繕道具、一般的な宿泊装備などなど。

 東西に移動する人々を支えるために物資が豊富であるのだ。


 

 ◇


 『ぐ~~~~~~~~~』


 都市に入って早々、おなかの音が鳴った。

 余計な運動したわ。

 腹を押さえながらエルダはとぼとぼと歩いていた。


 「は、はらへった・・・・しぬ・・・・やべ・・・目が霞んできた」


 あれほどの大立ち回りでは、頭の中に死の文字が出てこなかったのに、お腹が空いだけで、エルダの頭には死の文字がチラついて離れない。


 歩くたびに歩行が弱々しくなる。

 おぼつかない足取りで、エルダが都市の北側に進むと香ばしい肉の香りがした。

 煙の力に引き寄せられるようにしてエルダは屋台に向かう。


 「お。そこのお嬢さん。どうだい。焼き鳥だよ」

 「・・・・くれぇ・・・死ぬ・・・・・」

 「え? 死ぬ?」

 「おっちゃん。とりあえず五十本くれ」

 「ご。五十も。いやいや、うちではそんなに焼いてないんだけど」

 「んじゃ。あるだけくれよ。金いくら」

 「え!?」

 「早くしてくれ。このままじゃ、死ぬからさ」 

 「わ、わかった。ほれ。焼き鳥三十だ」

 「サンキュ。いくらよ」

 「600Gだ」

 「えっと・・・こっちじゃないか。こっちか」


 エルダは短パンの左ポケットにはない事に気付いて、右を探ってお金を取り出す。

 屋台の支払いの台にどんと置いた。


 「ふむふむ。ちゃんとあるな。嬢ちゃん。気をつけんだぞ。なんかフラフラだからな」

 「おうよ。おっちゃん、サンキュな」


 買ったと同時に屋台のおじさんに背を向けて歩き出すエルダは、手を振って返事をした。

 その姿は、女性というよりは、そこら辺の中年のおじさんである。


 ◇


 焼き鳥を確保したエルダは、それを食べながら他の食材も獲得していった。

 出来上がった料理から、酒。それにフルーツも買い足していく。

 両手いっぱいの食材を宿屋に運び込んだ。

 店主は、その食材いっぱいの彼女を見て困った顔をしていたが、エルダが醸し出す通常の雰囲気による無言の圧に負けて、宿を更に安くして泊まらせてしまった。

 食なし一泊で120G。

 

 安い宿では、小さな机と、ベッドだけで部屋が満杯状態。

 それでもエルダは満足そうにして、ベッドに料理を並べた。

 むしゃむしゃと食べて、ごくごくと酒を飲み。

 全てをむさぼり尽くした彼女は、満足そうに眠りについたのである。



 翌日……。

 大量に買い込んだはずの料理は、ベッドの上からも、机の上からも消えていた。

 エルダは大食漢のようだ。

 まあ、それのせいで、昨日の様な食糧危機の事態に陥ったのだろう。

 反省する気のない女性である。


 「やべ。また・・・メシがねえ!!!」


 ただ単純に馬鹿だった。



 ◇

 

 太陽がてっぺんに登ろうとしている昼頃。

 エルダは都市の市場に出ていた。

 足りなくなった食料の買い出しをしている最中で、昨日とは別の店に立ち寄っている。

 その間のことだが、エルダは何かの視線を感じ始めた。

 お店の人や行き交う市民の視線じゃなく、自分の事だけを見続けている不思議な視線があるのだ。


 「う~ん。なんかいるな……追跡がぬるいわ」

 

 背後に二つ。前に一つ。

 人込みの中にはなく、建物の影に隠れるようにしている気配を感じる。

 自分が移動をすると、その気配はコソコソとなって移動を開始する。

 見つめ方、追いかけ方。

 ド下手くそすぎるだろ。

 と感じるエルダは、相手の実力がない事に気付き、無視をした。 


 「おう。昨日のおっちゃん。焼き鳥美味かったよ。また買うわ。五十本くれ」

 「いやだから・・・そんなに焼けないんだって」

 「あ。そうだったっけ。んじゃ、あるだけ頂戴!」


 エルダは、昨日と同じ会話を繰り返し、おじさんから焼き鳥を買ってから宿に戻る。

 その途中でもやはり気配はある。

 三つの気配は一緒になって、ついて来る。

 エルダは、それを無視して、腹が減ったのを我慢できずに歩きながら焼き鳥を食べていた。 


 「まだいんのか・・・にしても、食べてる今がチャンスじゃん。なんであたしを攻撃して来ないんだ。狙いは何だ?」


 焼き鳥三十本は、宿に戻る前に無くなった。



 ◇


 宿に入った瞬間。

 三つの気配は宿の周りに移動した。建物内部に入ってくるわけではないようだ。


 「ふ~ん。まあ、入ってきたら、あたしとしては楽だったのにな」

 

 階段を登り三階の隅の部屋に入る。

 よっこらしょと買ってきた全ての物を広げて、どれから食べようかと吟味をする。

 リラックスしている最中でもエルダの警戒網は維持されたままだった。

 彼女は、魔力探知という特殊な技で、宿の外に意識を広げている。

 まだ気配を消せない三人は宿の前にいる。

 それにしてもこの三人。

 魔力を隠す素振りが一切ない。

 駄々洩れになっている魔力に呆れるしかなかった。

 エルダは心底この三人がアホだと思っている。


 「う~ん。外の奴ら……あたしの魔力を読み切れんのか。完全に切ったろか」


 エルダはあえて敵が感知しやすいように、微弱に魔力を出し続けてあげていたのだが、ここで魔力を閉じた。

 すると、敵は戸惑い始める。

 あたふたしているようで、宿の前をウロウロと歩き始めた。


 「ありゃ、駄目だな。こいつら。もう寝ようかな」


 エルダは敵の駄目さ加減に、今日は眠ることにした。

 まだ昼間ではあるのだが・・・。



 ◇


 夕暮れ時。

 太陽が上がっていた頃から、閉めていたカーテンはオレンジ色に染まり始めた。

 

 「ゴゴゴゴゴゴゴ」


 イビキをかいて眠るエルダ。

 品性の欠片もないレディーだ。

 体を大の字にして、お腹を半分出して、おっさんのようにして掻く。

 

 「むにゃむにゃ・・・」


 眠りは深いようだ。



 ◇


 『カッ』

 

 ガラス窓が小さく鳴った。

 小石が当たったかのような小さな音。

 人によっては聞き逃すような音の後、エルダのいる三階の窓が開く。

 ゆっくりと静かに窓が開いた。


 外の空気と、部屋の空気が混じり合う前に、エルダの部屋に侵入を果たした者がいた。

 エルダが寝ていることを知る人物は起こさぬように、ゆっくりと部屋に入ってきたのだ。

 男性は、部屋の窓を通り越した後すぐにベッドを確認。

 すると寝ていると思われたエルダがそこにいなかった。

 宿からいなくなっている形跡などないのに、どこに行ったのだと、目を動かすと。


 「あんた。あたしの部屋に何の用だ」


 自分のこめかみがひんやりとする。

 これは外の空気のせいじゃない。

 押し付けられている物によるものだ。


 「返事がねえなら・・・このまま。あんたのどたま、ぶち抜くぞ」

 

 男性は恐る恐る眼球だけを左に移動させる。

 流れる汗は、銃を突き付けられていない顔の右半分だけ。

 左半分は緊張に押しつぶされて、汗腺が開かない。

 目で確認した結果。

 自分の左のこめかみに、銃口が見えた。

 三口の銃口は重々しい印象を受ける。

 重厚感からも来る圧迫感は、圧倒的な恐怖を与える。


 「な。な・・・・あああ・・・」

 「返事がねえんだけど、何しに来た。遊びにきたわけじゃねえだろ」

 「……そ、それは。お、お願いします。戦いには来てません」


 男性は両手を上げて、戦うわけでもなく降参した。


 「何をお願いしてんだ? 麗しいレディーの部屋に、土足で勝手に入ってきやがって。失礼じゃねえのか」

 「…そ、それは・・・」


 さっきまで聞こえていたイビキはあなたがしていたじゃないか。

 それのどこが麗しいレディーがする事なんだ。

 そう思った男性は、訝し気な顔をするが、止まったままでは殺されかねない。

 言葉を詰まらせた。


 「で、何の用だ。それを聞くまでは、このままの体勢でいてもらうぞ」

 「え。それはですね。あなた様に依頼を受けてもらいたくて」

 「依頼? なんであたしに?」

 「あ、あなた様にですね・・・」


 男性が話すことに集中し始めたので、エルダは銃を引っ込めた。

 男性の元々ない敵意に気付いているエルダの脅しは、ただのこちら側が有利になるための交渉テクニックの一つだった。


 「そういうことか。あたしに護衛をしてもらいたいと・・・なんで、あたしだ? あんたらとは初めて会ったような気がするんだが・・・」

 「へ??? い。いえ、初めてじゃ・・・」

 「ん? どっかであったのか?」

 

 エルダは忘れているようだが、こちらの男性。

 それは昨日森の脇道で出会った狐族フォクシーのマルコである。

 狐族フォクシーの一団はあれから馬車を修理してすぐに街に入ったようで、そこから宿を取り、拠点を構えていた。

 エルダの話から察するにこの先の街で買い物すると言っていたので、協力を仰ごうと必死で探していたのだ。

 

 「あんたさ。他の二人はどうした? なんで一人で来た?」

 「二人? 何の話ですか? 私は一人で来ましたよ」

 「ん? いや、魔力探知してたんだ。あんた以外にも、二人いたぜ。あたしのことを探してただろ。あとの二人はどうしたんだよ」

 「…いませんよ。そんな人間は」

 「ん? おかしいな。あと二人いたはずなんだけどな」


 奇跡的にエルダは、お昼ごろの話を思い出せた。

 あの時は三人。宿屋の前で見張っていたはず。

 でも一人だと言い張るのは何故だろう。

 思考は別の事に囚われていた所。


 「そ、それで。こちらのお願いはどうでしょうか。護衛してもらえませんか」

 「・・・う~ん。めんどくせえな。依頼主があんたじゃないんだろ? 額の交渉とかできないんだろ」

 「そ、それはそうです」

 「んじゃ。依頼主に会わせてくれるか。そっから考える。細かい事は後回しだな」

 「…い、いいでしょう。フラニア様の所まで案内いたします。ですが、その場所は内密でお願いします」


 こうして突如として訪問してきたマルコによって、東西魔大戦の歴史にいたはずのエルダの真の物語は前へと進んでいくのだった。

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