第2話 面倒な戦い
「はぁ。雑魚共が寄ってたかってよ。いいか、あんたら雑魚が、ブンブンとハエのように群がって攻撃してきてもよ。あたしには勝てんぞ。ちったぁ頭を使えって連携しろよな」
エルダのそばで指示を出したはずのバードの男性は、皆に意気揚々と指示を出したくせに、最初の攻撃には参加せず一旦後ろに下がるようにして飛んでいった。
空を自由に舞うことが出来るバードにしか出来ない距離の取り方だった。
なのでエルダは、こいつは後詰をするつもりだと判断し、ここは一旦存在を無視することに決めた。
次にエルダは、群がる敵の数を見極めていく。
元々興味のない敵ども、数など気にしていなかった。
高速で動く眼が一人一人の動きを捉える。
数は1、2、3・・・。
「10だな。にしてもあんたら、なんで獣化しないんだ?」
目の前の獣人族たちは、
獣化。
それは、獣人族の
全身の毛が、己の種族のものに覆われて、それぞれの特徴を強く出していく。
犬なら鼻が、猫なら暗視の技術など。
主な特徴を強く強調された状態となり、他の人族や魔族らとは、違った強みを作り出し、戦いを有利に運ぶのだが。
なぜか、この戦いにおいて、敵はその変化を選択しなかったのだ。
わざとそうしているのか? そんなことあんの?
と前を見るエルダは、疑問に思う反面で、かなり呆れていた。
「はぁ。そうかよ。獣化は疲れるから体力の温存のつもりなのか。やっぱアホだな。あたしとの実力差も測れねえなんてな。まあ、いいか。来いよ!」
視野の右端にいる敵を凝視。
エルダは、一番最初の犠牲者を、獲物の射程が短いダガーを逆手に持った
十人の中で最も速く動く人物であると判断したのだ。
動き出しの脚力の違いを一瞥で見切っていたエルダは敵の行動を先読みした。
移動距離、移動位置。
それらを逆算したエルダは、敵の移動ルートに蓋をするかのようにして先回り。
エルダが誰もいない場所に飛び膝蹴りをすると、そこに
「ほらよ! ここに来るんだろ!」
「な!? なぜ、お前の方が速く!? それにひ、膝がなぜそこにいいいいいい」
軽く突き出したような膝にぶつかった
ぐったりと木にもたれかかるようにして気絶している姿を、敵対する獣人族たちが確認しても、彼らはエルダに対して前進することを止めない。
戦士としての気概はあるようだった。
「はぁ。これでもまだ諦めないってわけね。んじゃ、次はどいつだ?」
戦況確認の為、エルダはもう一度首を振る。
「あいつか」
十人の獣人族の内で唯一動きを止めている
弓を射る動作に入っていた。
こいつらの中で、あたしに対して最も早く攻撃してくるのがあいつだなと、即時判断したエルダは、矢を受け止める態勢を整える。
斉射されるまでの速度は悪いが、斉射された矢の速度は悪くないと、エルダは感心した。
「ほうほう。アーチャーとしては、まあまあの腕だな。この矢は若干鋭い・・・よっと」
エルダは右手一本で、向かってきた矢を掴んだ。
「ほんじゃ。お返しするぞ。ほい!」
体を一回転させて勢いをつけたエルダは、素手で矢を斉射。
放たれた矢は、敵の女性が放った矢よりも速くて鋭い。
「ぐあは・・・手・・・から・・・矢を?・・・し、信じられない」
投げ返した矢は、女性の腹に刺さった。
たったの一撃で敵は沈む。
この威力を手で生み出したエルダは、バケモノと呼ぶにふさわしい実力者である。
「これ見ても、あんたらはまだ戦いを諦めないか。はぁ~。めんどくせえ。時間もったいねえし。ちょっと本気出すわ」
今までの戦いは、エルダにとって、まだ準備運動の範囲。
エルダは、白銀の髪を隠しているフードの奥に手を突っ込んだ。
背負っている魔銃を取り出す。
「わりいな。雑魚のあんたらにこいつを使うのは……心苦しいけど、しゃあねえのよ。腹減って、めんどくさいからさ。こいつで一気にケリをつけたるわ」
余裕の表情のエルダは
彼女の全身から右手へ収束する魔力。
そこから加速して銃に魔力が注がれると、ケルベロスが黄色に光りながら鳴き喚く。
銃が鳴く。
それが、他の魔銃とは違う点。
ケルベロスの魔力装填完了の合図である。
敵の配置を一瞬で覚えたエルダは技を繰り出す。
「
1,2,3と次々と射出される黄色の魔力の塊は、敵の急所に直撃していった。
バタバタと倒れていく敵の中で、唯一空を飛ぶバードの男性だけが躱せた。
エルダの
彼は
バードの男性のモデルは烏。
全身が黒い羽毛に包まれている。
「ほうほう。あんたは獣化したみたいだな。まあ、最初からなっとけっていう話だけどな!」
漆黒の体を上手く畳んで急降下するバードの男性は、エルダに向かって突撃してきた。
上空からの猛スピードの突撃は、普通の人間であれば太刀打ちできない。
「これでもくらえ。生意気な口ばかりの女め。
「そうかそうか。わざわざ降りてきてくれたんかいな。サンキュ!」
敵の動きの速さを完全に見切っているエルダは、これまた先読みをして、突撃してくる位置を把握。
敵が突撃しようとしている場所の若干上に向かってジャンプし、エルダは相手よりも高い位置を取った。
右手に持つケルベロスが青く光りながら鳴いた。
「なに、ヒュームがバードの上を取るだと!?!?」
「いや。あんた、さっきまでの高度を保って、空飛んでりゃよかったのによ。なんでわざわざ降りてきてくれたんだ。あたしの攻撃が届きやすくなるわ。あんたアホだな……まあいいや。ほんじゃ。
バードの男性の背中に銃口を押し付けたエルダ。
そこから射出された青く光る魔弾が敵の体を凍らせ始める。
背中から翼にかけて凍っていったバードの男性は、上昇できずに地面へと落下していった。
すりむいた顔が痛々しいが、意識はまだある。
敵が顔をあげると、いつの間にかエルダが目の前にいた。
「ほい」
エルダは銃口をバードの男性の顔に向ける。
「降参か? 謝ってくれれば許してやってもいいぞ。あんたはまあまあ強かったからさ。許しを請うチャンスのご褒美だ」
「だ…誰が降参など・・・貴様の様な者に負けるはずが・・・・」
「そうか。じゃあな」
敵の拒絶を受け入れる前に、エルダは間髪入れずに
戦いにおいて油断することはない。
倒していった敵に一瞥もくれることなく歩きだすエルダは、ここでは戦いなんて起きていない。
そんな素振りで都市フェリスを目指し始めた。
「あ~。腹減ったわ。早く都市に行ってメシを食わねえと死ぬな。あたし・・・・今の余計な運動のせいでさらに腹が減ったわ」
◇
突如として起こった乱入事件。
呆気にとられた狐族の一行は、彼女が歩き出して数秒後。
「お・・・お待ちを」
マルコが慌てながら話しかけた。
「ん?」
エルダは振り返らずに歩きながら返事をする。
「お待ちを・・・あなた様」
「あ? あたしか」
「そ、そうです。お待ちください」
後ろからの呼びかけでは止まってくれない。
マルコはエルダの正面に立った。
「あんたもあたしの邪魔すんの。死にてえ奴の仲間か」
エルダは、まだ右手に持っていたケルベロスを動かす。
マルコの腹に標準を合わせて、今ここで蹴散らしてもいいんだぞと、ケルベロスで脅し始めた。
「い、いえ違います。どうか、我々の話を聞いてはくれませんか。あなたのおかげで命拾いをしたこととお願いを・・・」
「命拾い??? あたしのおかげで??? いいや、そんな話はめんどいんで断るし。それにあんたらの為にあたしは戦ったわけじゃないんでな。じゃあな」
さっさとこの場から離れたいエルダは話を切り上げた。
「そ、そこをなんとか。感謝とお願いが・・・」
「は!? まだあたしの邪魔をする気か。やっぱあんたも倒した方がいいみたいだな」
「て、敵じゃないです。お願いします。話を・・・いや、感謝だけでも」
「いらん。あたしは、あたしの邪魔をしてきたクソ馬鹿共を蹴散らしただけだ。あんたらの為にやった事じゃない。だから気にすんな。礼を言われることじゃないからよ。んじゃあな」
「・・・・え? ですが」
「はぁ。あんた、あんまりしつこいとマジでぶっ飛ばすぞ」
ケルベロスが赤く光り、エルダの顔つきが鋭くなる。
魔力装填の準備が始まっていた。
「も・・・申し訳ありません。ご気分を害したようで・・・」
必死に頭を下げて、マルコは謝った。
「そうか。まあ、そんなに誠実ならとりあえず敵ではないか。腹減ってるから気が立ってんだ。こっちも悪かったな。そんじゃあな」
エルダはマルコの横を通り過ぎて行くと、マルコに背を向けて手を振った。
彼女の後姿に向かってマルコは叫んだ。
「せ、せめてあなた様のお名前だけでも」
「あたしは、エルダだ。旅人のエルダ。またどこかであったら覚えておいてくれ。あたしは人の顔と名前を覚えるのが苦手だからよ。あんたが覚えておいてくれると嬉しいぜ。アハハ」
手を挙げて去るエルダは高笑いしながらその場を去った。
「・・・エルダ・・・まさか・・・あの・・・・そうだ・・・あの白い髪・・・」
含んだ言い方のマルコは、エルダの背中を見つめ続けた。
―――あとがき―――
獣化。
獣人族特有のバトルフォーム。
ローリスクハイリターンの戦闘形態だ。
攻撃力、防御力、素早さ。全てが上昇して、それぞれの獣人族との得意分野が大幅に強化される。
唯一の弱点は体力消費が大きい事。
体を動かすだけでも、通常の倍以上の運動量を消費する。
だから今回の獣人族たちはエルダの戦いの後に
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