本編

第1話 旅人エルダ

 ジャルマの大森林の南東を北に向かって走る一台の馬車。

 車体を上下に揺らさなくても済むはずの林道がそばにあるのに、馬車は林道脇のデコボコ道を選択して走行していた。

 ガタガタと揺れる馬車の中にいる人物たちの表情は、焦りの一色だった。


 「ベイン。急げ」 

 「お前に言われなくても、こっちはもう急いでる! でも、この森をすり抜けるには、馬のコントロールに神経を使うんだ。急ぎたくても急げない。それが本音だ。マルコ!」

 「ああ、こっちだって無理を承知で言ってんだ・・・・それでも頼む。敵は必ず追いついてくるんだ」


 馬車の中でジッと考えこんでいた狐族フォクシーの男性マルコは、同じく狐族フォクシーの御者ベインに走り続けろとの指示を出した。

 現状。

 自分たちが持ちうる策の中で、最も良いもので行動に移した結果がこの道を走るである。

 

 「マルコ・・・な、なぜ。林道を走らないのですか」


 煌びやかな服装をしている狐族フォクシーのフラニアは、タオルに包まれた赤子を抱きしめながら、マルコに聞いた。

 

 「フラニア様。それはですね。今ここで、我々が林道を走ってしまえばですね。おそらく敵は真っ直ぐこちらに向かってこれるのです。先ほどの追手を退けた我々であってもですね。第二の部隊はより強い兵を派兵してくるはずです。そして、数も多くして、こちらに来るはずなのですよ。ですから、ここは相手がこちらを追いかけにくくした方がよいかと。我々は脇道を利用して、本道に向かうだろう敵を惑わすのです」


 馬車は正規の道からは、外れて走行していた。

 敵の追跡を撒くために、一か八かの策で、脇道で移動することを決意したのはいいものの、こちらの道は無数に立ち並ぶ緑豊かな木々の隙間を縫って走り続けなくてはいけなかった。

 悪路のせいで揺れる馬車の中で話は続く。

 

 「敵が迫ってくるのが確定でしょうか・・・・に、逃げ切れるのでしょうか・・・」

 「わかりません。ですが、もうすぐフェリスには入れるはずなんです。とりあえず、そこに行くことが出来れば・・・人の目があるところでは、さすがに敵も襲っては来ないはずです」

 「そ、そうですか。都市の中に入って……願うしかないのですね」


 フラニアは両手で優しく赤子を包み込んだ。

 可愛らしい赤子の笑顔に対して、自分も微笑み返す。

  

 「敵が来ました。フラニア様。お気を付けて……中央で待機してください」


 馬車の天井から顔を出していた狐族フォクシーのシャクルが、後ろから迫ってくる敵を確認。

 馬車の中に顔を引っ込めって、皆に周知した。

 彼女の切羽詰まった表情から、馬車内の緊張感が増していく。


 「シャクル。どれくらいで追いついて来る? もうすぐか」

 「猶予はありませんよ。もうすぐです・・・前回よりも数が・・・それに速い。この追っ手は、相当なやり手なのでしょうか。それともこちらの位置をすでに知っている?・・・どういうことだろう」


 次々と湧いてくる疑問をシャクルは話し続けるが、マルコ自体は途中から話も聞かずに、皆に指示を出した。


 「そうか。なら、ここは馬車が絶えられる限界まで走行して。限界が来たら戦闘をしよう。準備を頼む」

 「はい!」「わかった」「了解です」


 マルコの指示に返事をしたのは。

 馬車の中に降りてきたシャクルと、御者のベインと、フラニアの身の回りを守るケイラ。

 この三人と指示役のマルコが、狐族フォクシーの女性フラニアを守る護衛の四人だ。

 襲ってくる敵の数が多いとシャクルが最後まで進言しなかったのは、追われているという非常に難しい立場からくる不安を更に強くして皆に広げさせないためであった。

 


 ◇


 馬車は左右に大きく振られながら走る。

 本道に比べると、こちらの脇道は、やはり木の密集率が違う。

 木々の間を分け入って走るにも苦労が絶えない。

 ベインが持つ手綱に、汗が滲んでいた。


 「来ました」


 天窓から後ろを覗くシャクルが叫ぶ。

 敵の犬族ドッグズの戦士が馬車に追いついてきた。

 車輪を攻撃しようとダガーを投げようと動き出す前に。


 「くらえ。狐共」

 「させるか!」


 ケイラが馬車の扉を開けて、敵に矢を斉射する

 彼女jの攻撃に気を取られた敵の犬族ドッグズの戦士の攻撃は外れた。

 馬車が通った跡にダガーは刺さる。


 「もう攻撃が来てるんだな。俺には敵が見えないし、戦況もわからん」

 

 馬を上手に操っているベインが叫ぶと。


 「いい。お前は前だけを見ろ。何とかして、俺たちがここを防ぐから」


 シャクルと同様に、馬車の上に出たマルコが指示を出した。


 「わかった…しんじ・・・なに!?」


 マルコに返事をしようとしたベインの前に、鳥族バードが現れた。

 ここで、狐族フォクシーの一行は、空を飛ぶ鳥族バードに先手を取られる。

 手裏剣を数個ベインと馬車に投げつけてきた。


 「な、なに!? ぐっ。すまん。みんな。コントロールを失った」


 馬車を御しているベインが、手裏剣を躱して馬車を動かすには難易度が高すぎる。

 ただでさえ木の密集地帯での操縦に手間取っているのだ。

 ベインが操縦を疎かにするのは仕方ない事だった。


 馬車は勢いよく木に激突。

 その衝撃は激しく、馬車は横転し、ベインは前に飛び出す。

 馬車の上にいたマルコとシャクルは、衝突の寸前で地面に飛んで難を逃れたが、馬車内にいたケイラとフラニアは横転した衝撃で怪我を負う。

 赤子のために、自分の身体を張ったフラニア。

 額から顎に血が流れた。


 「出てこい。貴様らがフラニアの一行だな。早く例の子を差し出せ。差し出せば命だけは助けてやる」

 

 空で静止している鳥族バードは馬車を見下ろして言った。


 「・・・差し出しません」 


 横転した馬車から、這い出てきたフラニアは額の血を拭いもせずに堂々と言った。


 「あなたたちに・・・この子だけは、絶対に渡しません」


 赤子の額にある半分に折れた一本角を見せないようにフラニアは赤子を優しく抱きしめて宣言した。

 

 「その姿を隠しても無駄なのによ。卵を早く渡せ」


 鳥族バードの戦士に追いついてきた猫族キャッツが、悪態つくような言い方でフラニアを問い詰めようとしたが。


 「絶対に、渡しません」


 彼女は毅然と拒絶した。

 誰にも屈しない決意に、敵に苛立ちが出てくる。

 敵は横転した馬車を中心にして円で囲み始めた。


 「ちっ。やるしかないか・・・いくぞ。野郎ども。赤子以外は殲滅しろ」

 「「「「おおお」」」」」


 敵部隊。

 十名が一斉にフラニアたちに襲い掛かる。

 戦えるメンバーが四人しかいないフラニアたちが、劣勢になると思いきや、意外にも一人で二人以上を相手にしても拮抗状態に陥った。

 激しい戦闘は互角の様相で、ジャルマ大森林の林道の脇が戦場と化した。


 「耐えろ。耐えれば逃げる隙が生まれるかも知れない・・・」


 マルコの指示に。 


 「数が足りんぞ。貴様らは耐えきれるわけがないだろ」


 敵は被せるように言った。


 「くそ。おまえらみたいなのが・・・いるから・・・ぐあ」


 マルコは肩を切られる。

 他の者たちも怪我を負い始めた。

 次第に出てきたのは実力不足ではなく疲労。

 彼らはずっと逃走を続けてきたのだ。

 ここに来ての戦闘は身に堪えてしまう。

 

 「いいかげんに渡してくれれば、お前らはこれ以上痛めつけられなくて済んだのによ」

 「あ、あなたたち。や、やめなさい。私たちはお金なら渡しますから。ここを無事に・・・」


 フラニアの決死の言葉も。


 「金じゃねえんだよ。俺たちの目的はそいつだけだ」


 簡単に敵に跳ね除けられた。

 絶体絶命になっていくフラニア一行。

 ここから、この戦場は、生か死かの戦いへと突入し。

 最大の山場を迎えるはずだったのだ。


 ここまでは・・・・。

 

 



 ◇


 「ふん、ふふん。ふん。ふふん。ふん・・ふん・・・ふ~~~ん」


 一行が目指していた都市フェリス。

 そこへと至る道は、ある程度舗装されているジャルマ林道と呼ばれる主要道路がある。

 ジャルマ大森林の二大都市、フェリスとヒュリス以外の町や村も結んでいる道路を、普通の人は便利に使うのである。

 

 でも何故かここで、木々や草が生い茂っていて、ほぼ獣道のような脇道を、鼻歌まじりで歩く女性がいた。

 まだ少し肌寒い春の季節。

 半そで短パンの軽装の装備なのに、厚着のフードだけは被っている。

 この格好からいって、あなたは、寒いのですか? それとも暑いのですか?

 と無性に聞きたくなるような恰好だった。


 悠々と歩く女性。

 フードから見える銀色の髪が、ゆらゆらと揺れていた。 


 「いやぁ。腹減ったよな。ああ。今朝。飯食っとけばよかったなぁって思うわ・・・あ、そうだ。材料がなくて食べられんかったんだわ。しまったな。食料のペース配分間違えたよな。あたしゃ。どうして物の管理ができねえのかね・・・・まあいいや、急いでフェリスに行かねえとよ。腹減って死ぬわ」


 戦場の目の前を横切る女性。

 余裕綽々の態度のまま脇道を闊歩する。

 フラニア一行とその敵たちは、その女性に唖然として動きを止めてしまった。


 その直後、彼らは一斉に女性を見た。


 「ん? なんだ。お前ら。あたしの顔になんかついてんの? 何でそんなに……ジロジロ見ちゃってさ・・・あ! あたしがあまりにも美しいから魅入っちゃってんの? べたぼれって奴か。アハハハハ まあそんなに顔を見てえって言うなら、見せてやってもいいけどよ。すまんな。あたし、今腹が減っちまってさ。時間がねえから、じゃあな」


 淡々と話す女性は、そのまま彼らの前を横切ろうとした。


 「き・・・貴様ぁ。我らをなめているのか」


 空を飛んでいた鳥族バードの男性は女性の前に降りてきた。


 「ん? なめてる? どこを?」

 「この状況でここを通るとは、貴様は我々をなめているのだろう!」

 「あたしが? あんたらを? そりゃ出来ねえよ。こんな人数をなめなきゃいけないのは、気色わりいもん。あと舌が痛くなる」

 「なめるとは物理的な話じゃないわ。貴様ぁ。本気でなめているんだな。馬鹿にしているな」

 「・・・ああ。馬鹿にしてるってことが言いたかったのね。そういう事なら・・・」


 女性は顎に手を当てて悩んだ。

 本気で相手が言っていることが分からない様子である。


 「んんん。そうだな。あんたさ。蚊とかハエとかっているじゃん」

 「あ?」

 「なあ、そいつらが自分の周りを飛んでいる時にさ。あんたは、自分をなめてるのかって、怒るか?」

 「は? そんなことで、誰も怒るわけがないだろ」

 「だよな。だから今がそれと一緒よ。あたし的には、あんたらみたいな虫を気にしたことがねえからよ。目に入ってねえから、なめるも何もないわ。だから馬鹿にするもないわ」


 女性の話を理解し始めたバードの男性は、顔を紅潮させていく。

 ただでさえ爆発しそうなバードに、女性は油を注いで火を注ぎ足した。


 「な! だから、あんたらがあたしに話しかけてくるのも正直クソめんどくさい。ここらを飛ぶ虫があたしに寄って来てるのと一緒だかんな。そんじゃあ、あたしはあんたの質問に答えたんで、ここを行かせてもらうわ。腹減って急いでるからよ。じゃあな」


 ぐ~ぐ~と鳴るお腹を押さえて、女性はここを通り抜けようとすると、鳥族バードの男性が彼女の肩を掴んだ。

 怒りのままに掴んでいる手は、女性の肩に食い込んでいる。


 「ちょっと待て。貴様のような無礼な者をタダで通すと・・・」

 「あ?」


 鳥族バードの話を遮り、女性は振り返って、たった一つの文字を返した。

 これだけの言葉で、バードの全身が震えだす。


 「おい。あんた。この手・・・・この先、生きたかったら離しておけ」


 女性は肩を掴む手を指さした。


 「だ、誰が離すか。貴様のような無礼者は今ここで殺る」

 「ああ。そうか……あんたって死にたがりなんだな。あたしとしては興味がないとハッキリ言ってやったのによ……いいぜ、この手を離さねえならよ。ここでぶっ殺す!」


 女性の体からオーラが溢れる。

 魔力が解放された合図だった。

 体から溢れ出る魔力の力は、相手を一瞬で圧倒したようで、鳥族バードは何も言われてないのに、自ら手を離して、恐怖で少しだけ後ずさった。

 

 「あたしが、誰だか。あんたは知らんらしいな・・・そうか。一応名乗ろうか。あたしはエルダだ。今は旅人として大陸を歩き回ってる者だ。そんで、その旅の道中を楽しんでたのによ。あんたが邪魔してこなけりゃ、機嫌がよかったままだったのによ……」


 こめかみがぴくぴくと動き下を向いた女性。

 怒るにしては珍しいスタイルだと思った男性は、ここで余計な言葉を発してしまう。


 「貴様がいけないのだ。我々を馬鹿にしよって。今ここで、こいつを狩ってから、お目当てをもらう。先にこいつを消すぞ。お前たち。こいつから全力で潰す」

 「おう! やるぞ」 

 

 周りの仲間の獣人族に指示を出してしまった。

 鳥族バードに呼応する獣人族たちは、敵であった狐族フォクシーの一団を無視して、一斉にエルダに向かっていった。


 顔をあげたエルダ。

 青と赤の瞳が不気味に輝く。


 「どうやらあんたらは、ここで死にてえらしいな。あたしの邪魔をしたという大罪・・・・その罰を与えてやろう。かかってこい!」


 不敵に笑いだしたエルダは、敵を迎え撃つ態勢になった。

 




――――あとがき――――


 お読みいただきありがとうございました。

 こちらには、本作ではあまり触れない情報を色々書いていこうと思ってます。

 

 第一話の補足。

 エルダについては、短編と前のプロローグで、人となりを紹介したつもりですから。

 今回は地域の説明でいきます。


 ジャルマの大森林。

 ハイドラド大陸中央やや北に位置する緑溢れる木々が集まる密林地帯。

 大森林の北部と南部の抜けた先には、ジャルマ平原というものがあり。

 ジャルマ平原北。ジャルマの大森林。ジャルマ平原南。

 の順で縦に並んで、大陸の中央を固めている。

 これら三つは、大陸の西と東を繋ぐ連絡路としての役割を担っていて、道も整備してあるのが特徴だ。


 ジャルマの大森林には、都市が二つあり。

 南西域にフェリス、北東域にヒュリスがある。

 この二つの都市は元々別々の国が所有する都市であったので、森の中を歩きやすいようにしてる林道の連絡路が繋がっていなかった。

 だが、現在は、忌まわしき東西魔大戦が終結しているので、林道は拡張され、二つの都市は繋がっていて、昔よりも大森林を左右に横断することが簡単になった。

 このことで、人の行き来も活発になりジャルマの大森林の経済も良くなってきていたのである。


 元々の話。 

 東西を横断しやすいのは、平坦な土地の草原地帯であるジャルマ平原北で、次に行き来しやすいのは少しだけデコボコな形をしている土の平原であるジャルマ平原南である。

 だから、ジャルマの大森林を東西の移動手段に使うのは非常に珍しい事である。

 なのに、今回の狐族フォクシー一団は、ジャルマ平原南からジャルマの大森林に移動し、北へと向かって移動していたのだった。

 ここの説明は後程……。


 以上が第一話の補足でありました。


 次回をお楽しみにして頂くと嬉しい限りです。

 ではまた~。

 

 

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