導かれし少年と導いていく魔女
エスピニャータの森は、色で言うと灰色の森である。
森全体が薄暗く寒い。
ハイドラド大陸の森林地帯の中でも少々特殊。
枝や幹だけとなった木々がずらりと並び、非常に殺風景な景色が広がっている場所だ。
年の四分の三が、このような状態であるのには訳があり、この場の平均気温がとても低いのである。
それはここより南にある極寒の山脈サイラス山脈から吹く風に、常に晒され続けるからこそ起きる現象である。
そんな森で、額に半分に折れた角を持つ少年が、黒い外套を身に纏う者たちに囲まれていた。
尻餅をついて怯える少年に、敵の魔の手は近づいていたのだった。
◇
『ザスザスザスザス』
霜が降りて足跡が残りやすくなっている土の上を、白銀の髪の女性が腕を振って走る。
足場の悪い場所でも体のバランスが一切崩れない。
鋼のような筋肉でありながら、動きはしなやかでまるで全身がバネのようだ。
現状を瞬時に把握した彼女は、奥の方にいる少年を確認した。
右の真紅の眼と左の碧眼が、少年に近づく黒い影たちを捉える。
敵の狙いは、自分の護衛対象の少年だった。
彼を守るために苦労を重ねてきた三年間。
目的地目前のここに来て、敵に奪われてしまえば、今までの苦労も水の泡だ。
敵の服装でわかる。
赤が基調であるガルド王国に、青が基調であるアルス王国。
そのどちらでもない敵。
では奴らは、一体どこの回し者なのか。
女性には見当はついても敵の詳細がわからなかった。
「ちっ。あれがもしや、あっちゃんが言ってた。例の連中なのか? くそ、こんな時に来るのか。ここに来て三つ巴になるのかよ」
女性は頭を掻きむしりたい気持ちを押さえて走り続ける。
少年の現状は、戦いにおいて酸いも甘いも知る女性が引き起こしたものではない。
この切羽詰まった状況を生み出してしまったのは、何を隠そうあそこで倒れている少年自身である。
いつの間にか、ふらっとどこかへ消えた少年をやっとの思いで見つけた時には、今のあの取り囲まれている状態だった。
だからこそ、ふつふつと沸く怒りに支配されて、女性の言葉尻がかなりきつい。
「あんの~~。クソガキがぁ!? あたしから離れやがってよぉ。いっつもそうだわ。手間がかかってしかたないぜ。ああ、ああ。あいつの護衛の依頼料。もっともらえばよかったぜ。あいつのお守りが大変すぎて、あんな額じゃ足んねえわ。コンチクショーが!!!」
女性は、木々から飛び出ている鋭い枝を潜り抜けながら、右手一本で攻撃準備をする。
紫色のフードの奥。
背中に隠された巨大銃を取り出した。
敵に標準を合わせようとする動きの間で、敵たちの手は少年の肩を掴む寸前だった。
「ああもう。泣きそうな顔しやがって。あのガキ。だからぁ、あたしの言うとおりにせいと・・・あれほど口酸っぱく言ってあったのによぉ。あの馬鹿がぁ! たった一つの約束すら守れんのか。単細胞め!」
女性は走りながら敵に標準を合わせきる。
視線は右から左へ。
数は・・・1・・・2・・・3・・・。
「9か。結構な数を用意しやがって、やはりあの姿は、アルスでも、ガルドの兵でもねえぞ。それにこのあたしが、敵の追跡に気づかないなんて・・・なかなかの手練れとみていいわな。まあ、例の連中だとしても、あのガキんちょを狙うのは決まってんだ。ならあいつらは完全な敵でいいな・・・・時間もねえし、ここで迷う時間がもったいねえ。だから、一発奇襲で決めるぜ! ぶっこむぞ」
魔力を完全解放した女性の眼はさらに輝く。
赤い眼はより燃えるようにして赤く光り。
青い眼はより澄み切った青へと光る。
女性は
魔銃とは、通常の銃と形状が同じでも構造が違う。
装弾される弾が、実装弾ではなく魔力を込める。
高密度に練り込まれた魔力を弾として放つのが魔銃の特徴である。
彼女が握るケルベロスから悲鳴のような一段高い音が鳴りだす。
「くらえ! クソガキに群がってる野郎ども! あたしのとっておき、
ケルベロスの銃口は、上と左下と右下の三つに別れている。
不思議な配置の銃口から放出される魔力は、彼女の膨大な魔力量の影響を受けて威力が増幅していき、さらに種類の違う三種の魔法が込められることで、破壊力が増していく。
銃口の一番上の赤は、炎の魔力。
左下の青は、氷の魔力。
右下の黄色は、属性変換しない魔力そのものだ。
発射と同時に、三色の力は一つとなり、銃口を大きく超える巨大な白光が敵に向かっていく。
「はじけて追え!!!」
敵へと一直線に向かっていた白光は、女性の声と共に九本の白い光に変化。
光は、分かれてもなお一本一本力強く白光していて、木々の隙間をうねりながら避けて、あっという間に敵を捉える。
敵の体を貫く光。
その威力規模は一瞬で分かる。
敵の体を消滅させるに至っていた。
「…うし! 訳が分からん奴らはこれにて全滅だな。ふぃ~、間に合ったわ・・・にしても、こいつら、人だったのか。血が出ねえし、それに死体が残ってねえ。消えてる!? な、何が起きたんだ?」
勝ったという実感が湧かない。
そんな疑問の中で、女性は少年の前に到着した。
泣き顔の少年を見た女性は、少年が無事であることにほっとした表情をしているけど怒り出す。
◇
「だ・か・ら、あたしのそばから離れんなって、いつも言ってんだろうが。ハイル! 馬鹿者が!」
「・・・い・・・いだい!?」
女性の拳骨が少年の頭に落ちた。
「お前なぁ。さっきの奴らに捕まりゃ、今のいてえの一言じゃ済まない所だったんだぞ。今の痛みは戒めとしてその身に刻んでおけ。クソ馬鹿! いいな!」
言い方はきつくても中身は指導である。
「今後は不用意にチョロチョロ移動すんなよ。あたしのそばから、離れんな・・・・はぁ。で、今回のお前は、何に気を取られたんだ?」
「・・・え。いや・・・別に・・・」
「答えを曖昧にすんな。いいか。自分の意志は相手にハッキリと示せ。自分の意志だけは大切にしろ! いいな!」
「…エルダぁ。いだ!? またなのぉ~」
降り注ぐ拳は二回目があった。
たんこぶが縦に二個出来上がった。
「情けねえ声を出すな。男だろ!」
「…男だけど。自分はまだ三歳だよ! 子供じゃないんだ……自分はほぼ赤ちゃんなんだぞ!」
「ああそうだ。でもお前の見た目はもう、15くらいに出来上がってきてんだわ。そんだと、もう大人に近いと思え! それとな、たぶんお前・・・このまま竜王となりゃ・・・はぁ。僅か三歳でも、どうなることやらなぁ……」
エルダは先程の疾走で、ほどけた髪を結び直した。
前髪が目に入るのを嫌う。
おしゃれとは無縁の女性である。
「自分はまだ大人になってないもん・・・そんなの屁理屈だぁ~」
「はぁ!? こいつは屁理屈じゃねえ。お前は立派な男。そう思ってこれからを生きていけ。いいか。自分のその摩訶不思議な成長速度に、心を追いつかせろ。クソガキから良い男になれ! ガハハハ」
縛り直した髪を整えて少年を見る。
「それとだな。お前は警戒の仕方が甘え。見た目通りにそこも成長しろよ。ハイル!」
「…だからまだ三歳なんだってばぁ。そ、そんなのできるわけないよぉ。エルダぁ。無理だよ」
「うだうだ言うな。いいから成長してみせろって。あたしが、お前のことをいつまでも守っていけるわけじぇねえんだよ。頼むから、自分で自分を成長させな。クソガキ!」
【ゴン】
「痛っ!」
少年の頭の上のたんこぶは三つとなった。
◇
サイラス山脈の入り口手前で、エルダと少年は焚火を囲う。
枯れた木の枝のおかげか。
寒く乾燥した地域ではよく燃える。
二人は一息を入れることが出来るくらいに温かくなっていた。
「エルダ。これからどうするの」
少年は焚火に手を当てて温まる。
「ああ。こっからは、この山脈に入るぞ。だからしっかり準備しておけ、この山はな。相当厳しいからな。途中で泣きごと言うなよクソガキ。気合い入れろよ」
エルダは枝で火を微調整しながら答えた。
「うん。わかった」
「おう。そんじゃここからはマジで気を引き締めろや。いいなハイル。お前は今から竜王となるからな。いついかなる時も油断すんじゃねえぞ。竜王になってもだけどな」
エルダは真剣な表情に変わっていた。
自分自身も気を引き締めていた。
「・・・りゅ、竜王!? え、エルダぁ。自分実感がないんだぞ・・・どうしよう」
「まあ。それはそうだろうな。あたしだって、実感がねえわ。ハハハハ。んでもよ。よく考えたら竜王なんて千年ぶりのことだろ。みんな知らんから、実感なんて気にすることでもないんじゃないか。細けえことは気にすんな。ハハハハ」
先の見えない将来すらも、憂うことなく笑って吹き飛ばすことが出来る。
それがエルダという女性で、そういう胆力が魅力的な女性だ。
「まあここからは真剣な話。お前、竜王になってみたら、実感がでてくるんじゃないのか? 何事もやってみてから、わかる事って多いからよ。今は不安に思うだけ無駄だと思うわ」
「えええええ??? そんな・・・エルダぁ」
「いや、そんな不安に思うなって。この先は成り行きでいいんだよ。人間の人生なんてそんなもんだからな。それに今は、あたしがついているぞ。お前が竜王になるまで、あたしは最後まで付き合ってやるからよ。安心しろって」
「そ、そんな単純な考えで、だ、大丈夫なのだろうか・・・・」
「おう。大丈夫。任せとけ。いいか。あたしにだって、自分の未来は分からん。その先がどうなるのかなんて、よくわかんねえけど、あたしは今を生きてるぜ。だからお前もそんな緩い感じで生きていいと思うんだ。竜王なんて所詮ただの人だろ。人生の立場に竜王が加わっただけでさ、中身は人間さ。だから生きてもいいのよ。それに、お前は。今、竜王にならんとな。死んじまう年数なんだぜ。だから、なっとけ。なっとけ。この先も生きてえならよ。なるべきなのよ。竜王にさ! な!」
軽々しい言い方で、とんでもない内容を話すエルダに、少年は小さな声で愚痴を言う。
「は、はぁ。よくもまあ。自分の前で、お前このままじゃ死ぬぞと言い切れるよね。そこはオブラートに包んでよ。酷い人だわぁ」
「あ? なんか言ったか? 悪口だったら、このまま山頂まで殴り飛ばすぞ」
「い、いいえ。悪口など言っておりません」
少年は頭を必死に振って否定した。
本当にそんなことが出来そうな女性だから困るのである。
◇
休憩を十分にとった後。
二人は同時に立ち上がった。
エルダは心配そうな表情の少年の頭を撫でた
「いいかハイル。さっきの話でも言ったように。そんなに不安になるなってのを覚えてほしいのよ。それとまあ、ここから先の予想される激戦くらいはな。あたしにとっては屁でもねえかんよ。お前が気にすることじゃないぞ。なんせあたし的には、そんな戦場。すでに経験してるからな。任しとけ。あたしが戦ってきた今までの死線に比べりゃあ。マジで楽勝よ。だから、心配すんな。お前はどんと構えてろや。ガハハハ」
「そ、そうなのか・・・でも、竜王なんて、今のこの状況で、誕生してもいいものなのか。自分はこの世界に、必要とされるのか? エルダ。どうなんだ?」
自分は生まれてもよかったのか。
その辛く悲しい思いがハイルにはある。
「あ? 必要? んなもん。必要に決まってんだろ。世の中にはよ。不必要な人間なんていねえんだわ。それにだ。少なくともお前の親たち……お前を守ろうと動いた者たちは、なんとしてでも、お前に生きてほしいと最後の時まで願っていたんだ。いいのか。お前は。その大切な人たちの思いを無下にしてもよ。その思いに、お前は応えなくてもいいのか?」
「もちろん応えたい。もちろんだ……そんなことはわかってるんだ。でも、それでも竜王なんて者がこの世界に誕生したら」
ハイルは、自分の思いよりも世界の安寧を願う優しい少年だった。
「んな、細けえことは後で考えればいいんだよ。要はお前が生きたいかどうか重要なんだよ。他人なんて関係ねえわ。いいか。別に竜王が今の時代に生きたってさ。周りから死んでほしいとか思われてもよ。別にいいんだよ。お前は生きてもよ。じゃあよ。お前は皆から、『この世にいらねえから死んでくれ』と思われたり、言われたりしたら、簡単に死ぬつもりなのか?」
「・・・そ、それは・・・し、死にたくないよ」
「死にたくないじゃない。そんな後ろ向きな考えじゃ駄目だ。あたしは、お前の強い意志を聞きたい。お前の意思は、この世界で生きていたいと、そうなっていないのか!」
エルダはジッと少年の目を見た。
見つめ返す彼の目の力を見極めていた。
「なってる・・・け、けどさ」
「ハイル。けどがいらねえ。いいか。お前は、お前の意思を大切にしろ。人間であれば、迷惑なんて誰にでも掛けるもんだ。だからあたしに目一杯迷惑を掛けろ。そして、お前は竜王になっても、きっと大丈夫。今を生きるために全力を尽くす。お前はその事だけを考えろや。余計な事は今は考えるな。生きたいという意思さえあれば、何でもできるようになるからよ。安心しろ。な!」
エルダは最後の言葉と同時にニカっと笑った。
その満面の笑みに安心を得た少年は、エルダに柔らかな笑顔を向ける。
固い絆で結ばれた二人の強固な信頼関係は、この旅で築いてきたもの。
三年前から始まる竜王の卵の逃走劇から、二人の物語は始まったのだ。
エルダが守る少年の名は【ハイルフィン】
いまだ竜王の卵である少年ハイルフィンは、用心棒のエルダと共に聖地【エルサイス】を目指している。
彼の寿命の四年。
死が近づきつつある現状で、ハイドラド大陸の最南端サイラス山脈にある世界最古の塔の最上階に行き、神の啓示を受けて、竜王にならねばならない。
この物語の結末まで、あと少し……。
でも、ここからは、これまでの物語に戻り、二人がどのようにして、困難を乗り越えたのかを見るとしよう。
氷炎の魔女と竜王の卵が辿った苦難の旅の始まりへ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます