氷炎の魔女と竜王の卵

咲良喜玖

プロローグ

竜王とハイドラド大陸の歴史

 ハイドラド大陸では、五百年に一度の周期で、最強人種が誕生する。

 その名も竜王。

 他種族らとは違う極限の力を持つ唯一無二の存在だ。


 竜王には、竜王の卵という時期がある。

 幼年期から青年期を指す言葉だ。

 卵という意味は、文字通りの意味ではなく、まだ未熟である雛のような存在だから、ただ単に大陸の人々が卵と称しているのだ。


 その竜王の卵が、竜王となるには、神の啓示を受けなくてはならない。

 ハイドラド大陸にある聖地エルサイスで、神の啓示を受けて初めて竜王となることが出来るのだ。

 しかし、それをするのも誕生から三年の間でないといけない。

 もし、卵が啓示を受けずに、四年の歳月が過ぎると、体が消滅していき、この世から完全に消えて無くなってしまう運命を辿ると言われている。

 だから、竜王は誕生した瞬間から、死がチラつく特殊な状況下で育たなくてはならないという一風変わった存在である。



 ハイドラド大陸の五種族。

 人族 魔族 獣人族 エルフ ドワーフ。

 この内から、竜王の卵は獣人族の子として誕生する。

 なので、竜種から竜種へと生命が紡がれるわけでなく、突然変異体としてこの世に誕生することを、大陸の人々は認知している。

 手の甲に鱗。おでこに、半分に折れた一本角が特徴だ。

 だから獣人族らはすぐに我が子が竜王の卵であると理解するのだ。



 そして、困難を乗り越えて竜王となったとしても、彼らには試練が訪れる。

 なぜなら、竜王は強大な力を持つがゆえに、世界のバランスを乱す者として、人々から恐れられたり、世界の平和を守るための人々の救世主として崇められたりと、人々の恐れや期待の的となってしまうからだ。


 だが、そんな力を持つ竜王も人の子だということを覚えておいて欲しい。

 世界の平和を守りし者になるか。

 それとも世界を破壊する者になるのかは。

 卵が竜王となるまでの三年間で、巡り合えた人々、育ってきた環境によって、結果が変わっていく。

 これまでのハイドラドの歴史が物語っている事実なのだ。

 人の力を超えし竜王も、所詮は人と同じ心を持っている。

 出会いと環境によって、人は善にも悪にもなる。

 ならば、強大な力をどう扱うかは竜王次第でもあるが、その時に出会った人々次第でもあるということを大陸の人々には気付いてほしい。

 竜王を育てることは、本来大陸に住む皆が力を合わせてしなくてはならないことなのだ。

 

 そして、此度の竜王は、どちらになるのか。

 正義なのか、悪なのか。

 それはまだ誰も知る由がない。

 何せまだ竜王の卵は誕生していないのだから・・・・。




 

 千年前。

 様々な出会いと別れを経験した心優しき竜王は、戦乱のハイドラド大陸を統一してガルド王国を建国した。

 一つの巨大な国家を生み出すことに成功した竜王は、人々の平和の基礎を作り上げたのである。



 七百年前。

 自らの寿命を悟った竜王は後継者を指名。

 五種族の長たちから、人族のイルーナを指名する。

 誠実で真面目な人であったので、このまま竜王と同じ政策を取って、大陸の舵取りをするのだろうと思われたのだが。

 彼女が玉座についた時から、その歯車は狂う。

 自分の権力を維持するため。

 力の強き者たちを排除していき、その行動から新たな思想が生まれる。

 新たな派閥を結成したのだ。

 竜王誕生を阻止する国の基盤を作り上げてしまった。

 それが後に大陸の二つの考えの内の一つ。

 竜王抹殺派である。

 彼女は国を掌握後、力の強い人々を次々と粛清して奴隷とした。

 それが後に遺恨になるとも知れずにだ。


 

 六百年前。

 奴隷となった者たちの多くに、魔族と獣人族がいた。

 彼らを救うべく動き出したガルド王国の反体制派の人族とエルフとドワーフは、内部で上手く味方を作って、彼らを救出していく。

 そこでさらに奴隷解放戦争も引き起こし、彼らの地位を取り戻しながら国を築く。

 そして、見事にガルド王国からの独立まで果たしたのだ。


 その後、彼らは大陸の西半分を掌握して、新たな国アルス王国を建国した。

 これが、竜王尊重派の誕生である。

 竜王の卵が誕生した際に、なんとしてでもこちらが確保して保護していこうと考える派閥である。

 ここで、大陸はアルス王国とガルド王国の二つの国家が誕生し、それぞれが別々の意思を持った国家となったのだ。 

 


 五百年前

 アルス王国の犬族ドッグズから竜王の卵が誕生した。

 なので、アルス王国は、卵を竜王とするべく聖地を目指す。

 聖地エルサイスは、ハイドラド大陸の最南端のサイロス山脈の山中奥深くの塔の最上階にある。

 そこにアルス王国が所有する卵が無事に辿り着くには、とある困難がある。

 それは、ガルド王国に情報を漏らさずに大陸を南下し続けることだ。


 しかし、この予想に反して、アルス王国は順調に進んでいった。

 だが、聖地への道の最難関の前で事件は起きた。

 サイロス山脈へ向かう手前にある大陸最大の森林地帯エスピニャータの森の入り口前に、ガルド王国の軍が、完璧な防御陣形を組んでいたのである。

 二つの国家は、その地において最終決戦を行った。

 三日三晩戦ったとされる激闘は、くしくもガルド王国の勝利で終わり、竜王の卵は、卵から竜王となれずに死んでしまった。

 大陸は二分された状態が続くのである・・・。



 そして、二十年程前。

 相も変わらず両国の仲は悪かった。

 しかし、その悪いなりの仲でも大きな事は起こらないように注意していた。

 小競合い程度の戦いは度々起こっていたとしても、大きな戦争が起こる事はなかったのである。

 互いが戦争による消耗をさけていたようだ。

 

 だが、ここで大事件が大陸に訪れる。

 それは、この時代が竜王の卵が誕生する時代に近づいてきたからだ。

 両国の漠然とした不安が。

 両国の高まる緊張感が。

 二つの国家を戦争へと導いた。

 

 両国の考えの違いで起きるこの戦争の名を。

 【東西魔大戦】

 と呼ぶ。

 

 生まれてもいない卵の主導権を握る。

 そんな不毛な戦いが始まったのだ。

 

 名目上でも、実質上でも、意味のあるような戦争に思えない。

 しかし、両国は引き下がるわけにいかなかった。

 卵を手に入れた先にある生存戦略が、彼らにとっての一番の事だからだ。


 相容れぬ思いの違いが戦いを激化させていく。  

 両国の町や村、大陸中央にある平原や森林。

 それら全てを破壊し尽くすような戦いが次第に増えていった‥‥。

 得られるものが何もない虚しい戦争は、なかなか終わりを迎えてくれなかった。 

 落としどころが見つからない戦いは、しばらく続き。

 いつ戦いが終わるやも知れぬ中で人々は疲弊し続ける。

 戦争が終わることを願っても、一向にその平和が訪れることがない絶望。

 そこに、終止符を打つため。

 とある組織がこの無意味な戦争に真っ向から挑んだ。

 彼らは、大陸から戦争を無くすために、自らが悪となることをためらわない。

 国家間の戦争に一組織として軍事介入し。

 両国の兵士どもを叩きのめしていったのだ。 

 この不毛な戦いに挑んだ彼らは、無謀な戦いを重ねて戦争を終結に導くのである。


 究極の戦闘請負集団。

 東西魔大戦で活躍した彼らの名を

 【九つの頭の竜ナインヘッド


 メンバーは、一癖も二癖もある者たちで構成され、人種や心情がバラバラであっても一つだけ共通するものがあった。

 それはこの無意味な戦争を終わらせるという思いのみが共通意識。

 彼らは、その思いだけで、強固に結びついていたのだ。


 東西魔大戦を終結に導いた九つの頭の竜ナインヘッドのおかげで、大陸は新たな道を歩むことになる。

 両国の関係は、九つの頭の竜ナインヘッドの脅威のおかげで、仲が深まり、戦争目的だった竜王の卵を巡る争いをやめて、協力関係へとなり停戦した。

 世界は卵以外で互いに協力が出来る道があったのだと、気付き始めたのだが・・・・。


 ここで、五百年の時を経て、大陸の運命は大きく動く。

 そう、卵は誰にも気づかれないうちに誕生していたのだ。


 ・・・今、ハイドラド大陸全土を巻き込む。卵を巡る戦いが始まろうとしていた・・・



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