第8話 その顔は…

 「立てるか?」


 先輩達の死体を前に考えふけっていたら、目の前の少年が座り込んだ僕に手を差し出した。彼の顔…表情は逆光なのか影で隠れて伺い知れなかった。


 ダンジョンに影? 何か………っといけないいけない、また考え込むところだった。


 僕は慌てて差し出された手を取り起き上がった。

 「あ、ありがとうございます。そ、そして助けていただいて…命を救ってもらってありがとうございます。」


 僕は彼に深々と腰を折ってお礼を言った。


 そうだった、僕はアキラ先輩に殺される寸前に彼に救わた事を思い出した。少年により、あっという間の3人の惨殺を目の前にして気が動転してたとはいえ、彼は風前の灯火だった僕の命の恩人なのだ。


 「……」

 彼は無言で歩き出した。僕も無意識に彼を追うように2〜3m後ろを付いて歩いていく。


 別に付いて来いとは言われていないのだが、ここにこのままいても死体となった3人がダンジョンに飲み込まれ消えていくのを眺める事しかやる事は無いのだ。早く外に出たい。帰りたい。


 僕は彼の後を付いていく。どこに向かっているのかも分からずに付いていく。


 いや、僕は別に彼に付いて行っているわけじゃ無い自分の意思で歩いているのだ…そうだ、たまたまダンジョンの出口と彼が歩いている方向が一緒なだけなのだ。となぜか言い訳を考えながら彼に付いていく。


 黙って…付いて行く。延々と…付いて行く。


 どんどん歩いて付いて行く…どんどん、どんどん…歩いて…歩いて?


 なんで僕は歩いているのだろう…そして僕はどこに向かって歩いているのだろう。


 本当に僕の意思で? 歩いているのか?


 目の前を歩く少年の後姿を見ながら歩き続けている事に疑問を持った瞬間に、少年が歩みを止めた。辺りが薄暗い…ここはダンジョンのどこだろう?


 「ね、ねえ一体ここはどこなの? ダンジョンの出口に向かっていたんじゃ…。」

 そう僕が少年に問いかけると…グリンという擬音がピッタリな、体はそのままで首だけが180度ねじれて僕の方を向いた。


 その顔は…その顔はああああああああ


 「うわあああああああああああ」

 大きな叫び声をあげた僕はいつの間にか地べたに座り込んでいた。心臓がばくばく激しく音を立てて荒ぶっている。ぜーぜーと吐き出す息が荒く、額から流れ出た汗が頬を伝って地面に落ちる。


 さっき見たあの顔は…。


 ふと辺りを見回すと積まれた岩の下から血が流れている。その後ろではハヤトさんとコウジさんの遺体が2つ仲良く並んだままに…どういう事だ?…僕は座り込んだままで一歩も動いていない? さっき少年の後ろを歩いていったのは…夢なのか?


 「どうしたんだ?」

 「うわっ!」

 いきなり耳元で聞こえた声に驚き思わず声が漏れる。振り向くといつの間にか少年が屈んで僕の目の前に居た。


 「い、いや何でもな…何でも無いです。」

 そう弱々しい声で返事をして起き上がろうとすると後ろからぐいいと強い力で引き戻されてへたりこむ。肩をつかんだ少年の顔は無機質な…まるで何の感情も持たない人形のような表情で恐ろしかった。


 「な、何をするん…」

 「顔を見たんだろう? 少女の顔を。」


 僕が言い終わる前にかぶせてきた言葉に背筋が凍った。さっき夢で見たグリンと180度ねじれた顔は…


 「忘れるわけないよな。つい先日お前がむごたらしく殺した少女の顔をよ。」

 「ひっ…」


 無表情だった先ほどまでの少年は、恐ろしいほどの殺気を放ちレベルの低い僕でも感じる事ができるほどの、圧倒的強者の…。


 ガタガタと震える。寒いわけではないのに歯もガチガチと音をたてて止める事ができない。本能的に生命の危機を感じているのだ。もう僕の命は風前の灯火で、この目の前にいる少年に生殺与奪を握られているのだと。

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