第5話 謎の少年現る

ズズ〜〜ン


 目の前で大きな音と共に激しい振動が体に伝わった。アキラ先輩が振り上げた岩を僕めがけて投げ落としたのだろう。…痛みがないのも僕が死の間際で感覚が麻痺しているからなのだろうか?


 …おかしいな。やけに静かだ。ひょっとして僕はもう死んでいるのだろうか? 相変わらず痛みは感じていないのだが…。生きる気力を無くした僕は抗うことも止めて目を閉じていたのだが…異変を感じて顔を上げゆっくりと目を開く。


 すると…


 アキラ先輩が投げ落とした岩が僕の足元、数cm手前に鎮座していた。それよりも何よりもおかしいのは、アキラ先輩とハヤトさんとコウジさんの3人がまるで時が止まったかのように直立したままの状態で動かない事だ。


 予想外の出来事に、僕が今見ている光景が現実なのか夢なのか分からなくなって、頭がパニックだ。唖然とその光景を見続けるだけだった。


 ザッザッザッザッ


 しかし僕の後ろから近付く足音がその沈黙を破ったのだった。


 後ろから近づいた人物が見えた。それは…多分僕よりも年下だろう。見た目が幼い…男の子なのか女の子なのかわからない中性的な顔立ちをした子が直立不動している3人の前で立ち止まった。位置としては…まるで僕をかばうように3人に立ち塞がってくれているような形だ。


 気のせいなのかな? もしかして僕を守ってくれている?



 「はぁー…雑魚だな。紛れもない雑魚だ。なんでオレがこんな雑魚どもの為に動かないといけないんだよ。」

 キレイに整った顔立ちに似合わない、口汚い言葉で愚痴をこぼした。声から察するに男の子か?


 「しょうがねーから、一応…本当なら必要ないけど、お前たちにも弁明だけはさせてやるよ。」

 そう言って少年が指をパチンと鳴らした。


 「俺達を妙な術で動かなくしたのはテメーか!」

 「俺を解け!ぶん殴るぞ!」

 「…一体何者だ? どうやって俺たちを…」


 今まで固まったままだった3人が解放された途端に堰を切ったように、怒鳴りだした。これはスキル?なのだろうか。何かしらの術で身体の自由が奪われていたようだ。


 しかし、解放されたといっても体はそのまま直立で、口だけが解放されたようで今までの静寂とは反対に今では怒号に包まれ剣呑とした雰囲気に…。


 散々ののしられたり、脅迫を受けながらも3人からの罵詈雑言をずっと笑顔で聞いていた少年は、

「ふふふ、君達を拘束している憎い張本人が目の前にいるというのに、口だけの自由しか許されず吠えるだけの無能ぶり…ふふははは獣と変わらないな。滑稽な姿だ。まさしく生まれついての雑魚オブ雑魚でオレを楽しませてくれるよ。」

 そう言って手前のアキラ先輩の横を通り、奥にいるハヤトさんの目の前に近付く。


 少年はしばらくじっとハヤトさんの目を覗き込みながら、うんうんとうなづいている(もちろんずっと3人から殺すぞ、早く解け! 今なら許してやらなくもないぞなどと暴言は吐かれ続けている)。


 「ふむふむ、橘ハヤト25歳。家族構成は母親と18歳の弟の3人家族と…。ダンジョン歴は5年でレベルは11、スキルは剣技で…趣味はどうでもいいかな。えーっと今まで殺した人数は5人と…。あーーやっぱりね。最初の殺しは自分の父親だっていうのは定番だな。幼い頃から家族に暴力を振るう父親を、自分が大きくなってから殺したっていうよくあるパターンだ。」

 「なっ…ど、どうして…そそそ、それを…。」


 ハヤトさんは明らかに動揺してる。顔が真っ青だ。


 少年は今度くるりと反対方向のコウジさんの目をジッと凝視すると、またうんうんとうなづいていた。

「田中コウジ 27歳…レベルは9、スキルは斬撃、いままで殺した人数は9人と…まぁ後は興味ないからどうでもいいか。」

 コウジさんも言い当てられたようで、今まで暴言を吐き続けていたのに急に黙ってしまった。


 「と、いうわけでお前ら二人はクズ決定なんで…死刑!」

 「えっ?」

 「はっ?」


 ボトッという鈍い音と共に2本の右腕が地面に落ちた。僕も何が起こったかわからなくて目を見開いたまま呆然としてしまった。


 「ぎゃああああああああ」

 「い、痛い痛い痛い〜〜」


 一瞬の静寂の後、痛みによって現実に引き戻された二人が喚きだしたが、体は縛られているいるようで直立したままヨダレや鼻水を垂れ流して喚いている。少年の手にはいつのまにか小ぶりな剣が握られていた。


 「ハヤトだっけ? 剣技のスキルがあるんだからさ、いくら低レベルとはいえ…せめて最低限これぐらいはスパッと一刀両断しないと。」


 ハヤトさんのレベル11やコウジさんのレベル9はそんなに低くない。ダンジョンでのレベルアップは1年に2〜4ぐらいが常識だ。レベルを公表しているトップレベルの人達でも最高80ぐらいだったはず。レベル10を超えていればなかなかすごいというのが一般常識なのだ。


 「はい、じゃあ次はこれな!」


 今度は二人の右足の膝から下が音もなく切り落とされて地面に落ちた。


 切られたのに今気づいたといわんばかりに切断面から遅れて派手に血しぶきが舞った。キレイな血しぶきで虹ができた。


 そして二人は解放されたのか、バランスを崩して倒れて地面にのたうち回った。これでハヤトさんとコウジさんは二人とも右腕、右足を失ってしまった。

 

 「これが斬撃のスキルだ。お前らスキルを得ただけで満足して、今までロクに練習もしてこなかったんだろう? 練度が全く足りていない! せっかく授かった良いスキルでも授かった本人がクズなら宝の持ち腐れだという良い見本だな。

 ああそうそう、身体の制限を解除しておいてやったから自由に地面を這いずり回れるぞ、良かったな。思う存分に地面を舐めてろよ。」


 少年はニコニコととても楽しそうだ…その笑顔は端からみれば人懐っこそうな良い笑顔なのだが…躊躇なく人を切り刻む少年の所業に僕の背中に冷たい汗が流れた。


 「ど、どぼしで〜、どぼしでごんなひどい事をををを〜」

 「痛い痛いやめで〜やめでくで〜」

 二人は涙や鼻水、口から大量のよだれを垂れ流して少年に許しを請っている。しかし少年は…


 「死刑だっていってるだろ? お前らクズ達をひと思いに殺してやるわけないじゃん。だって今までさんざん罪のない冒険者や一般人をいたぶって殺してきたんだろう? 何で自分が同じ事をされないと思うんだよ。その出血具合じゃあ持って1時間ってところだな。まぁ、せいぜい今までの行いを悔いて苦しんで、苦しんで死んでいけよ。」


 少年は今までニコニコと笑っていた表情を止め、何の感情もない顔で転げ回る2人を見下ろして言った。

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