ビックサム、姉とマザー

 片づけたそばから汚れる研究室を俺は、片付け終わり、御園さん……姉ちゃんとお茶を飲んでいた。


「これが今回のセットを準備した金額、対社会性順応シスターの配備に揉み消しも諸々だと大体が……これぐらいだ」


「うーむ、意外とするな」


「オイオイ本当に経費を払う気か? 私としては、色々おもしろい結果が出たしむし

ろ給金を与えたいところなんだけど……なんだ浮かない顔だな。ビリーにミリガンまで使ってノリノリだったのにどうした」


姉ちゃんにはすべて見抜かれてしまう。

今回は、告白をしたい刹那さんが自分の世界に引きこもった良二さん。

このままでは一生くっ付くことのなかった二人をくっつける少し無理やりな作戦であった。

別に後悔はしていない。


「はぁ……」


「おや、廃墟の王とまで呼ばれた乱馬の今の姿を見たら、何人のならず者が乱馬を襲うだろうか……」


「その名前で呼ばないでくれよ」


懐かしいあだ名だ。

生みの親……母さんが死に今の保護者に引き取られるまでにひと悶着があった。

母さんは、どうやらいいとこのお嬢様であったが、家出をし、俺と蘭華を女手一つで育ててくれていた。

しかし母さんが死んだとたん、俺たちを引き取って母さんの実家を乗っ取ろうとする大人に囲まれ、保護され、無理やり貞操を奪われそうになった俺は、蘭華を連れ逃げ出した。

そして、都内の廃墟に勝手に住み着いていた時のあだ名だ。


「まあ、廃墟に住み着いていたから、ビリーとミリガンと関係を持てたし、君たちを保護できない私にとっては、御の字だったのだが。どうにも納得が行っていないようだね」


「父さんたちには悪いけどさ……俺の行動で救われた人がいるけど、その行為でたぶん俺、庵に嫌われた」


「……そ、そんなことかい」


「え、そんなことって、結構重大な問題だよ」


好きな女に俺の付通したいエゴのせいで嫌われた。思い悩むのは当然だろう。

そんな大問題なのに姉さんはポカンとする。


「おお……あの自信と露出塊で悩みと無縁だった乱馬が恋の悩みなんて」


「おい、俺は別に悩んでなんかないぞ。気になることがうまく言語化できていないだけであって……」


「乱馬、それが恋だよ。君は、本気で花園君に恋をしている」


……。

俺が、本気で恋をしている? ありえない。

俺は、ただでさえ厄介な身の上、過去だって重いし、今の両親は、二人とも男。

多様性が徐々に理解されている現代でも俺が恋をすれば迷惑がかかる。


「どんな人間だって恋をしていい。私は、そう思うよ。だからお姉様は、乱馬を生んだ」


「姉ちゃん……」


俺の母さんは、姉ちゃんから見ると実の姉に当たる。

本当は、俺たちを引き取るつもりであったらしいが、お家事情からそれが叶わず今に至る。

俺以上に面倒な人生を送っていたに違いない御園さんの言葉は俺に重くのしかかる。


「だいたい、お姉様なんてあんなめちゃくちゃな性格だったのに、ひょっこり恋に落ちて、あれはだれがどう見ても普通の母親の顔だったわよ」


「いや、母親になっても母さんはめちゃくちゃだったよ。俺が幼いころに母さんに兄弟が欲しいって言ったら、よし作ってくるとか言って、本当に蘭華を産むし」


「お姉様らしい……おかげで、あの時、私がどれだけ苦労したことやら」


どうにも姉ちゃんも母さんのめちゃくちゃ具合には、振り回された一人の様であった。


「でも、一つ証明されたぞ」


「なにが?」


今の中身のない思い出話で何が証明されたのであるか。俺は、全く分からずにいたが姉ちゃんは、意気揚々と答える。


「どんなにめちゃくちゃなヤバイ人でも恋はできる」


「息子の前で母親をめちゃくちゃとか言うなよ」


「私のお姉様でもある」


「そうだけどさ」


いや、めちゃくちゃな人でも恋ができるとしてどうなる。

結局、母さんの恋路は、姉ちゃんをはじめ多くの人に迷惑をかけたのだろう。

俺はそんなことをしたくはない。


「いや、迷惑をかけたくないみたいな顔をしているけれど、恋は迷惑をかけてでも叶える。お姉様がどれだけの覚悟でそこまでやったか考えたことはあるか?」


「ない」


「その覚悟が分かったら、乱馬は本当の意味で恋ができるよ」


「本当の意味での恋……か……」


「そうだよ。私にはできなかったことだ。けど乱馬ならできる。だってお姉様の子どもなんだから、そこは誇っていい。むしろ誇らなければ私は、乱馬を怒るよ」


「怒るって」


子どもっぽいその笑顔に俺は、なんだか心の中が熱くなるような気がした。


「な、ちょっと前に踏み出してみろ」


「努力する」


姉ちゃんとの会話、何の他愛もない会話だったはずなのにどうしてか俺の心は救われたような気がした。

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