第五十五話 癒しと淀み



 それからしばらくして、角野は飄々と現れた。


「ごっめーん!! 俺って人気者だからさぁ、囲まれちゃって!!」


「はーい、全員集まったのでミスコン&ミスターコンの説明兼会議はじめまーす」


「ちょ、荒木、スルーしないで~!! なんかコメントして!」


 生徒会室に入って来て早々お茶目をぶっ放す角野を、華麗にスルーしていくスタイルの鉄郎。

 実は鉄郎はこの三年生が苦手である。


「うぜぇ。はよ座れや遅刻してくんな糞野郎先輩」


「ひでぇ~!! 流石、俺様のミスターコン二連覇を阻止した男……!!」


「はよ座れ」


「はーい!!」


 鉄郎と遥に後で聞いた話によると、この角野という男、若干好みの分かれる性格をしているが、一年時にミスターコンで優勝し、二年時でも候補に挙がり、優勢か? と言われていたところ、華麗なドラム演奏と、元々のファンの多さから一年生だった鉄郎に二連覇を阻まれていて、何かあると鉄郎に絡んでくるのである。


 鉄郎はそれが暑苦しかった。


 しかし、妹の恋人である後輩と何処か似たテンションであるなと思い、時折、元貴をぶん殴りたくなるのはこいつのせいか、と改めて思ったりした。


「ん? あーーーーーーー!!」


 ようやく座ったかと思たら、近くに座っていた華澄を指さして叫びだす始末。


「もしかして、荒木の噂の彼女ちゃんじゃん? うっわ、めっちゃ可愛い!! ラインこうか、ん、いってーーーーーーーーーーー!!」


 そして、その指を本気で折りにかかる鉄郎。

 だがしかし、満面の笑みが逆に怖し。


「話進めていい? 角野先輩?」


「う、うす……」


 その独占欲を、蜜以外は微笑ましそうに見ていたが、蜜は、つまらなそうに髪を弄っていた。


 結局、今年も生徒会が主催だが、会長の遥が候補者に選ばれたのでその運営に件の新聞部の力を借りることになったそう。

 あとは、候補者は当日、一芸を披露と、日々のファンサービスを心がけることは通年通りだった。


「ねぇねぇ、華澄ちゃんって呼んでいい??」


 話し合いが終わり、再び丸川が華澄に近寄ってくる。

 華澄と、遥と少し離れたところにいる匠海は構えるが、遥がのほほんとしているので警戒するような人物ではないのだろう。


「あ、は、はい。えっと……」


「結奈でいいよ! 結奈先輩って呼んで!!」


「わかりました。結奈センパイって一芸なにやります??」


「わたしはチア!!」


 ばっと、Y字バランスを披露して見せる丸川。

 ちなみに彼女は部活中だったのか、ジャージである。


「すっご!! 柔らか!!」


「ふふふ~! まあ、これしか特技ないからね~」


「でも、凄いですよ!! あたしも負けてらんないな!!」


 意気込む華澄に、ふふふ~と笑う丸川。


「まあ、人気としてはわたしは最下位かな」


「どうして?」


「華澄ちゃんにも先輩にも勝てる気しないよぉ」


 へにゃ、と眉を下げて元気なく笑う丸川に、華澄は何か好意が持てた。

 可愛いな、と思った。

 そして、そんな可愛い人に認められて光栄だと、また情熱を燃やす。


「そんなんわかんないじゃん! あたしなんか女子人気皆無だし、結奈センパイのほうが人気出るかもよ?」


 そして、華澄は、ニッ!! と歯を見せて笑う。


「負けないかんね!!」


 丸川は、なんだかクラスメイトがこの子に惚れた意味が分かった気がしたし、素直に友達になりたいと思った。


 華澄は丸川に言われ、ラインを交換し、同じ部活の男子たちを探すが、もう三人共生徒会室にはいない。

 匠海からの、先に行くぞ、というラインを確認して、鉄郎を探す。


 廊下を曲がる手前で艶やかな声がしたので、止まって聞き耳を立てる。


「……本気なの?」


「……なにが」


 鉄郎は不機嫌が隠しきれず眉間に皺が寄っているし、声はいつもより鋭い低さだ。


「あの子……楠木さんって言ったかしら?? 本気なの??」


「あんた、自分が何様だと思ってそれ聞いてんの?」


 しかし、蜜は、何も怯まない。

 怖いものなどもう何もないかというのか。


「私は貴方のファンクラブの会長だし、一応聞いておこうと思って」


「……ファンクラブね」


「なぁに?」


 にっこり笑う蜜に、ぞわり、と寒気がするほどの狂気を感じた。

 しかし、鉄郎はそれすら鼻で笑う。


「俺の女傷つけたらあんただとしても容赦しねぇから覚悟しとけよ」


「ふふ。『俺の女』、ね。羨ましいわ」


「……あんた、今更何なんだよ」


「いやね? 貴方が本気であの子を想っているなら、反乱を制御する抑止力がいるわね、と思って、自分の立場を考えようとしたの。皆に言っておくわ。あの子には近づくなって」


 じゃあ、と言って、蜜は華澄がいる方とは反対の方向に向かい、鉄郎はこちらに向かってくる。


「……おい、サイドテール見えてるぞ」


「……ごめん」


「いいケド」


「ぅわ?!」


 鉄郎は、急に華澄に抱き着く。

 そして、華澄の香りを、嗅ぐ。

 仄かに、夏休み中に鉄郎がプレゼントした香水の香りがする。


 安心する。


「……てつくん? 大丈夫?」


「ちょっと、疲れた」


「よしよし」


「ん」


 やっぱり、華澄じゃなきゃだめだ、と鉄郎は強く思う。







「何がミスコン候補者よ!!」


 だんっ!! と机をたたく女。

 蜜ではなく、ましてや丸川でもない。

 小太りなその女は、眼鏡の奥の漆黒に、どす黒い淀んだものを抱えている。


「鉄郎君は、私のなのに……!!」


 嫉妬は女を、鬼にする―――……。

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