第五十六話 人気者の苦悩
始業式翌日は金曜日で、通常的に授業があった。
今日から体育の授業で九月下旬にある体育祭の練習をするらしい。
「体育祭ってさ、クラスでも紅白分かれんだよな?」
朝。登校中の双子。
弟は何か期待したような嬉しそうな顔をして姉に問う。
「朝のHRで決めるらしいね。でも、遥くんと同じ組になれるかはくじ運だよ。あんたくじ運皆無だがら無理じゃない?」
「うっ……」
流石、十数年姉をしているだけあって的確で鋭いっツッコミに、弟は何も言い返せない。
「まあ、分かんないけどね。あたしもワンチャン狙ってるし」
「……お前ってそんなキャラだっけ?」
弟が知る姉は、恋にこんなに情熱的になるような女ではなかった。
弟は、「オレの姉ちゃんってこんな色恋にギラギラした奴だったっけ?」と思った。
まあ、中学時代は色恋どころじゃなかった、ということもあるが、今の恋が初恋だけに身の振り方がまだ定まっていないだけかもしれない。
「あたしだって女だし。初めての恋愛に浮かれることくらいするよ。あんただって恋人出来てずっと浮かれまくりじゃん」
「う、うるせーやい!!」
お姉ちゃんに言い返せない弟に、「こいつはホントに変わんないな」と華澄は感慨深かった。
匠海は、小さい頃から、華澄の言葉に言い返すことができないことが多かった。
それだけ、匠海が思い付きで発言し、華澄が正論をぶつけ、ということを繰り返しているのである。
変わるものもあれば、一向に変わらないものもある。
そんな高校一年の秋の始まり。
学校に着き、双子は下駄箱を開ける。
この高校の下駄箱は扉がついているタイプである。
すると、バサバサバサ!! と所狭しと下駄箱に詰められた手紙たちが落下していく。
「「なんだこれ……」」
双子が困惑していると、校内からよく知った二人が笑いながらやってきた。
「おー、洗礼来たか」
「流石、期待の美形双子! ラブレターの数も多いね」
鉄郎と、遥だ。
カバンを持っていないことから、すでに登校していたことがわかる。
「てつさん、『洗礼』ってなに?」
「ミスコン&ミスターコン出場者は言わばアイドル活動みたいなんを強いられるだろ? で、その出場者のモンペたちがラブレターやら差し入れやら贈ってくるんだよ」
「でもなぜか、今回出場しないてつも手紙の波に飲まれてました」
「馬鹿、言わんでいい」
鉄郎にもラブレターの数々が贈られていたことを知った華澄の表情が一瞬歪んだ。
それに気づいたのは遥と文化祭の話を始めた匠海ではなく、華澄に恋をしてから彼女の気持ちを汲み取るのがうまくなった、鉄郎だった。
「別に何処にもいかねーよ、俺は」
「……別に何も言ってないじゃん」
自分の気持ちを他人に気付かれないように振舞っている華澄だが、それでも彼女の些細な変化に気が付いてしまうのは双子の弟の匠海と、恋人の鉄郎だけだろう。
そんな自分の気持ちに気づいた恋人が愛おしいし、なんだか悔しいし、やっぱり嬉しいし、彼の言葉が安心するしで、ごちゃごちゃになる。
愛おしいから、悔しいから、嬉しいから、安心するから、華澄は鉄郎の胸にゴスッと頭突きをしてやった。
鉄郎はそんな華澄の頭を微笑みながら優しく撫でた。
「あの~、こんなとこでいちゃつかないでほしいんだけど」
「お前だっていつも彼氏といちゃついてんだろ」
「いちゃついてない!!」
幼馴染組が漫才を始め、双子が爆笑してると、いつも元気なあいつが来た!!
「おっはよ~!! わっっ!! 双子ちゃんがなんかいっぱい手紙もって……わぁ!! 俺の下駄箱にも手紙の山~~~~~~~~!!!!」
「「「うるせぇ」」」
「今日も元気だなぁ、元貴くんは」
元貴は今日も元気すぎるくらい元気だった。
そして、元貴の下駄箱にも恋文の山が。
「おれ、こんなに手紙もらったことないよ」
「この学校、同好会って名目でファンクラブ作れるからな。人気生徒への『洗礼』は凄いぞ」
「生徒会は把握できるんだけど、『黒猫』メンバー個人と、バンドそのもののファンクラブ出来てるよ」
「てつくんと遥くんは去年からありそう」
鉄郎と遥は、鋭い意見に視線を泳がせる。
実際、そうであるから、なんとも言い返せず、恋人たちと後輩がニヤニヤしだして、居た堪れなくなった幼馴染組。
何のために『黒猫』メンバーという言葉を使ったと!!
「ねぇねぇ、もしかして朱香ちゃんのファンクラブもある?」
元貴は、恋文たちをリュックに仕舞いながらまだこの学校の生徒ではないが、例の中庭ライブで噂になってしまった彼女のファンクラブの有無について問う。
「俺が『黒猫メンバー』って言ったのはそういうこと」
「?? どういうこと??」
「お前は馬鹿だな」
「酷い!!」
元貴は、馬鹿である。
というか、鈍感なのだ。
「朱香ちゃんもメンバーだからファンクラブはあるよって意味よ」
「なん、だって……?!」
華澄のフォローに、ワナワナと震えだす元貴。
朱香は『黒猫』の大切なマネージャーだが、この高校の生徒じゃないし、ファンクラブとは、と、流石の元貴もこの事案には腹を立てるか? と四人は思ったが。
「おれも朱香ちゃんのファンクラブ入る!! 会長何処?!」
「「「「え……」」」」
元貴は馬鹿で、鈍感で、単純で、純粋だった。
生徒会役員の二人が、確か女子テニス部の三年部長だったと言うと、四人にまた後で!! と手を振り、女テニ部長のクラスに一目散に駆けて行った。
「ねぇ、てつくん」
「なんだ」
「朱香ちゃんのファンクラブ会長って女子なの?」
恋人と妹のファンクラブの意外な人員事情を知る鉄郎は眉間に皺を寄せた。
「華澄」
「うん?」
「相手が女子でも気をつけろ。特に女テニの女はヤバい」
「そうなの?? わかった、一応、気を付ける」
華澄はその女子ファンの危なさがよくわかっていないが、中庭ライブで華麗な演奏と歌声を披露した華澄はともかく、サポートに徹していた中学生に心打たれたのが、意外に女子の方が多く、兄たちは驚いていたが、ふたを開ければ、あの女好きドスケベ集団こと、女テニの連中が大半、その他もそれに近しいらしい女子なので合点がいった。
案外、男子より、女子の方が厄介かもしれない。
そして。
「華澄」
「うん?」
「昼休み、部室な」
「うん、そのつもりだけど」
「……全部、手紙もってこい」
「……? うん、わかった」
洗礼。
それは、好意だけではないということ。
「あと、差し入れは安易に口に入れるなよ」
「? わかった」
好意は時に悪意に。
悪意は、時に、狂気に。
華澄は、鉄郎の言いつけを守り、昼休みまで差し入れに手は付けなかった。
そして、カバンに溢れんばかりの洗礼を入れて軽音部部室に向かうと、鉄郎は溜息を吐きながら絆創膏の貼られた自分の右の人差し指を眺めていた。
「てつくん、それどうしたの?」
「洗礼受けた」
「へ?」
鉄郎は、華澄が来る前に、自分宛のラブレターを開封していた。
ある一通の手紙に、違和感を覚え、慎重に開けるも、中には鋭利なカッター刃が入っていて、切ってしまったのだ。
「こっわ。大丈夫?」
「傷は浅いから支障はない」
人気生徒にはよくあることらしい。と先輩たちから聞いた話をすると、華澄がラブレターと差し入れをカバンの中からドサドサドサ、と机にぶちまけた。
「喧嘩なら買おうじゃん」
「俺、お前のそういうとこ好きだわ」
華澄は、売られた喧嘩はタイマンでなら買うぞスタイルで生きている。
まあ、言ってしまえば、気がすごく強い。
結局、二通にカッター刃がはいっていたり、五通の怪文書があったり、『ラブレター』はそんな感じだった。
「ねぇ、差し入れもカッター入ってるの?」
「聞いた話では、もっと凄いのあったらしいぞ」
「……体の一部や体毛や体液が混入してるとかじゃないよね?」
「流石、頭いいから察しがいいな。捨てるなら家でにしろよ?」
華澄は頭を押さえながら天を仰いだ。
「あ」
「ん?」
華澄はがばっと体勢を正す。
「てつくん、体育祭何組?!」
「紅組~」
「やったぁ!!」
「おー、お前もか!」
華澄と鉄郎はにこにこ笑いながら華澄が座っている鉄郎の元へ行き抱き着いて喜びを表した。
「まあ、コブならぬ餅つきですけどね」
「なんだ、あいつもいんのか」
餅、こと、いつも元気な柏木元貴も紅組なのだ。
「匠海は白組だって」
「遥も白だったぞ」
「「あらあらあら~」」
洗礼のことはどこにいったのか。
その後は、間近に迫る体育祭のことをメインにおしゃべりしながらくっ付きあって甘いひと時を過ごした二人だった。
狂気のこもった本当の『洗礼』が間近に迫っていることも、知らずに。
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