第五十四話 初めての女vs初めての彼女



 二学期始業式の後は普通授業が五限まであり、その間、廊下を歩けば鉄郎に恋心を寄せる女子たちから睨まれたり陰口を言われたりした華澄は、放課後、げんなりしながら部室へと向かっていた。


 しかし、女子からの怒りの呼び出しでもあるかと思ったが、そういうのは放課後まで何もなく、陰でこそこそ言われるだけだった。


「(てつくんは人気あるけど、キレたら怖いだろうし、よっぽど嫌われたくないんだろうな)」


 今まで、正式な『恋人』というものがいなかった鉄郎。

 引く手あまたな彼に似合う女なんていくらでもいるだろう。

 きっと、自分じゃ、彼に見合わない。


 華澄が少しネガティブになっていた時だった。


「あんた、楠木華澄?」


「??」


 明らかに華澄より大人の色気をまとった女子生徒三人が、華澄の前に立ちふさがる。

 華澄は、ああ、自分にはない『女性特有の色香』がある、と真っ平な自身の胸と先輩たちのふくよかな膨らみのある躰を見比べて、またネガティブになる。


 でも、負けてられない。

 売られた喧嘩は買う。

 そういう性分だ、華澄は。


「楠木華澄ですけど、なんですか?」


「荒木君と別れて」


「嫌です」


「そんな貧相な躰で荒木君を満足させられるとでも思ってるの?」


 カチンときた。

 そりゃ、どんな努力をしても胸は成長のせの字のないし、いくら食べても肉は付かないから、抱き心地なら全体的に柔らかそうなこの人たちのほうが断然いいだろう。

 でも、傷に寄り添って、頑張って癒して、結果、鉄郎に求められたのは、華澄だ。


「……あなたたちは、あの人を竿とでも思ってるの?」


「「「は??」」」


「確かにあたしはガッリガリで貧乳だけど、てつくんとそういうことしたいから付き合ったわけじゃないし、選んだのはあの人だし、あんたたちが選ばれなかったのはてつくんの葛藤も知らないでかっこいい人とヤルことしか考えてないからでしょ」


「……!!!!!!!むっかつく!!!!!!!!!!」


 リーダー格の女が手を振り上げた。

 刹那、頬に痛みは走らなかった。

 リーダー格の女は、何処から現れたのか、絡んできた女子たちとは別の、高校生とは思えないような色香の女性に腕を掴まれていた。


 女子たちはその女性を見て、怯える。


「「「蜜さん!!」」」


「……グループライン、見なかったのかしら?」


「……すみません」


「次、この子に危害加えたら除籍にするわよ?」


「「「は、はい……」」」


 絡んできた女子たちは悔しそうにしながらも、何故か恐怖していた。

 この謎の女は何者なのか。

 華澄は、立ち去っていく女子たちを眺めながら長い黒髪を弄る彼女に思い切って話しかけた。


「……あの、助けてくれてありがとうございました」


「ああ、いいのよ。ああいう子を纏めるのが私の役目だから」


「貴方は、一体何者なんですか?」


 彼女は華澄も見惚れるほどの妖艶で美しい笑みを浮かべる。

 そこに潜む黒いものは、まだ見せない。


「私は三年の櫻木蜜。鉄郎のファンクラブの会長をしてるの」


「ああ! 会長さんなんですね」


 きっと、彼と並んだら、いいカップルなんだろうな、枯れには、こんな色香の女の人のほうが……。

 華澄は不意にまたネガティブに堕ちる。


 そんな自信のなさを察したのか、蜜はいやらしく笑う。


「あと、私、もう一つ肩書があるの」


「え?」


 蜜は自身のGカップのたわわな胸の下で腕組みをし、たわわなお胸様を強調させた。


「私、鉄郎の『初めての女』なの」


「……はじ、めて、の……?」


 そう言われ、華澄は咄嗟に意味が理解できなかった。

 しかし、蜜は悪戯に華澄の耳元に艶やかな唇を寄せてくる。


「私くらいは、鉄郎の『初めての彼女』を虐める権利、あるわよね? 貧乳の小娘ちゃん? どうせ初めてもまだなんでしょう? そんなのじゃ彼は満足しないわよ?」


 ブチィッッッ!!!!!!!!!

 華澄の中の何かがブチ切れる音がした。


「……っせぇよ」


「なぁに?」


「どいつもこいつも貧乳だ処女だ満足させれないってうるせぇんだよ!! 『初めての女』? 余裕ぶっこいてますけどね、てつくんにどうしようもない傷つけてどうしようもない女たらしにしたのあんただからね?! てつくんのこと捨てといて今更しゃしゃり出てくんじゃねぇよ!!」


「!! この……!!」


―――ピンポンパンポーン


『あーあー、生徒会の荒木です。次に呼ぶ生徒は顧問に許可とってあるんで至急生徒会室に来るように。一年楠木匠海、楠木華澄、二年玖木遥、丸川結奈、三年角野伊吹、櫻木蜜。以上』


 謎なメンツの呼び出しに頭を傾げる華澄に、蜜はクスクス笑う。


「あらあら、お子様は何も知らないのね。ふふ」


「は? 何が、」


「華澄~」


「華澄ちゃん」


 下駄箱でいたため、すでに部室にいたのだろう匠海と遥が合流した一瞬の隙に蜜は先に生徒会室に行ってしまった。


「なんだ? 絡まれてたん?」


「ババアにマウント取られた」


「ババアって……。蜜さん三年だけどまだ若いよ」


「え? 遥知ってんの?」


 遥は、蜜が向かっていった方向を、ぼう、と見つめる。


「幼馴染だから。俺と、てつと、朱香ちゃんと、蜜さん」


「あと、てつくんの童貞奪った女」


「華澄ちゃん、言い方……」


 華澄のどストレートな言い方に軽く引く遥。というか、遥はそういう話はあまり得意ではない。


 三人は外靴から上靴に履き替え、生徒会室へと向かう。


「ってか、遥くん、この呼び出しなんのやつ??」


「オレも思った。メンツわけわからんくない?」


「え、二人とも生徒会のラインアカウント見てない??」


「「生徒会……?」」


 双子は同じ仕草をする。

 顎に手を置き、頭を傾げ、そして同時にiPhoneを触りだす。

 この高校には生徒会公式ラインアカウントがあり、連絡網などもこれで回ってくる。


「「あ。ミスコン&ミスターコン??」」


「そうだよ。誰かに投票しなかったの?」


 十一月上旬にある文化祭の際に生徒会主催で行われるミスコン&ミスターコン。

 全学年から男女一人ずつが夏休み後半の投票で選ばれる。

 ちなみに、一年は一年男女、二年は二年男女、三年は三年男女しか投票できない。


「私は匠海と友達で一番仲いい子に投票したけど忘れてた」


「オレは遥に入れれないから放置してて忘れてた」


「「てか、まさか、選ばれた……??」」


「そのようだね」


 同時に頭を抱える双子。


「「票入れたやつぶっ飛ばしたい」」


「それは俺も同感」


「遥は生徒会長だから主催じゃないん?」


「二年男子は俺とてつのガチの二分で、僅差でてつより票多くて、てつと役員の先輩が面白がって……」


「「あーーーー」」


 だから、自分は生徒会だけどミスコン&ミスターコンについては蚊帳の外だ、と遥は乾いた笑いを浮かべた。


 なんだかんだ話をしながら歩いていたら、生徒会室に着く。


 遥が慣れた手つきでドアを開けると、生徒会の三人と、二、三年の女子の候補者らしい生徒がすでにいた。


 つまりは、二年候補の丸川結奈と三年候補の蜜だ。


「お、来たか」


「後は角野くんだけね~」


「あいつ、サッカー部だから遅いんじゃね?」


 主催三人はそんな会話をする。


 丸川は、華澄を見やると、「わ!!可愛い!!」と顔を綻ばせて近づいてきた。


「楠木ちゃんだよね?! 荒木君の彼女の!!」


 華澄はというか、華澄と匠海は少し緊張感を持った。

 蜜の右の眉が上がる。

 鉄郎と遥は、同学年の丸川の性質を知っているのであまりこの接触を気にしてはいない。


「かわいーねぇ!! そりゃ荒木君も落ちるわぁ!!」


「え、え、あの!!」


 華澄は、先輩女子イコール鉄郎廃人のイメージがあり、この好意的な接触に困惑気味になってしまう。


「あ、わたし、二年の丸川結奈!! 荒木君たちのクラスメイトなんだ~」


 よろしくね!! と笑顔を見せる丸川はアイドルばりに可愛かった。


「(そりゃ、選ばれるわ。……あの人も、色気凄いし)」


 蜜を見やる。

 座っているだけで絵になってしまう。

 視線はずっと熱がこもっていて、その先は資料を見たり、他の役員と話をしている鉄郎だった。


「(なによ、今更)」


 鉄郎を傷つけたのは蜜なのに、なんで偉そうにしゃしゃり出てこれるんだろうと、華澄は腹立たしく思っていた。

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