第五十二話 中庭ライブ!!



 結局、合宿最終日は渋谷でのトリプルデートになったのだが、実際は女子の買い物に付き合う彼氏集団の図が出来上がり、鉄郎と元貴はそれぞれの彼女を一方の彼女に独占されている状態で、全く持って面白いものじゃなかったし、混雑に紛れて匠海と遥は独断行動してどこかに消えてしまうし、楽しいのは華澄と朱香だけだった様に思うが、彼氏ズは彼女ちゃんたちが楽しければ幸せという域なので、全員がそれぞれ楽しんだようだ。


 中庭ライブは、遥の職権乱用がなくても教師間で好評で、教師たちは美術部に貼り紙の要請をしたり、放送部にアナウンスの要請をしてくれた。


 勿論機材も新しい、いいものを購入してもらい、軽音部のモチベーションとテンションは最高潮となる。


 その日も朱香は軽音部マネージャーとしてSNS投稿用の動画を撮る係りの予定だ。


 数日間の最終調整を終え、ライブ前日。双子宅。


 双子は食後のバニラアイスを向かい合って食べていた。


「いよいよ、明日だな」


「ねー。今日緊張して寝れないかも」


「てつさん呼ぶか??」


「いらんわ!!」


 冗談を言いながら、笑いあう。

 華澄の笑顔が、昔の作ったようなぎこちなさのあるものからごく自然なものに変わった気がして「恋ってすげぇなぁ」と匠海は思った。


 逆に、華澄は匠海が日に日に男らしくなっていってる気がして、「これがフェロモンか……」と感心した。


 まあ、結局、お互い緊張から眠れなくて匠海の部屋で添い寝してなんとか眠りについた双子だった。なんだか赤ん坊のようだ。


 そして、中庭ライブ当日、ライブ直前。すがすがしい晴天。

 中庭には美術部の貼り紙と放送部のアナウンス効果か、予想以上の観客が来ていた。

 まあ、割と学校の人気生徒で結成しているので当然ではあるかもしれない。


 機材は先にセッティングしてある。

 華澄たち『黒猫』のメンバーは控え室として用意された中庭に近い空き教室で待機していた。


「あー、緊張する」


「華澄さんって緊張とかしないタイプかと思った」


 相棒を抱えながら項垂れる華澄。

 実はそう見えるが結構緊張しやすいタイプで、新入生代表挨拶の時も内心ドキドキだった。


「華澄はそういうの隠すの得意なんだろ」


「そういうてつくんは緊張してないの?」


「てつの心臓には剛毛が生えてるから」


「「「剛毛……」」」


「剛毛て。相変わらず俺には容赦ないな、遥」


 そんな会話をしていると顧問がそろそろ出番だと、呼びに来る。

 華澄は、いつもの緊張をほぐすルーティン、深く息を吸う。

 わいわい言いながら出ていく他のメンバー。


「華澄」


「ん?……っ」


 他のメンバーが出て行ったのを見計らって、鉄郎は華澄を抱きしめて軽いキスをした。

 そして、唇が離れると、ぎゅっと、抱きしめる。


「……てつくん」


「お前なら大丈夫だよ。俺の可愛い歌姫だからな」


「……ばか」


 でもなんだかいつもより緊張が解れた気がした。


 華澄たち『黒猫』が中庭に登場すると、観客はこれでもかというくらい沸いた。

 よく見ると、友人たちもいる。

 朱香はそんな観客に紛れて、自身のiPhoneを構えていた。


 華澄が、マイクの前に立つ。

 チューニングを始めるメンバー。

 それが終わったのを見計らって、華澄が口を開く。


「はじめまして、軽音部こと、『黒猫』です。今日は二曲聴いてもらいたいと思います」


 そして、他の四人に合図をして、鉄郎がスティックでカウントし、前奏が始まる。

 これは悲しい恋歌のようで、会えなくなった両親への思慕の曲。


 悲しい、バラード。


『―――ねぇ、昔は手を繋いで出かけたね。

たくさん出かけたわけじゃなかったけど、

楽しかったんだ

私は楽しかったよ。


ねぇ、今どこにいるの?

ねぇ、今何してるの?

ねぇ、今誰といるの?


「愛してるよ」と囁く貴方の声が、

涙と一緒に流れて消えていくよ

貴方との思い出がただの記憶になって

段々薄れていくの

嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ


ねぇ、もう一度「愛してる」と囁いてよ


ねぇ、私が「楽しいね!」と笑うと、

貴方も笑ったね

その笑顔がぎこちないことを

知らない振りしたの

私はずるい子だね


ねぇ、今どこにいるの?

ねぇ、今何してるの?

ねぇ、今誰といるの?


私は今でも貴方を愛しているんだよ?


お願い、帰ってきてよ……


また、笑いかけてよ……


また、抱きしめてよ……


ねぇ、愛してるの……、嗚呼


「愛してるよ」と囁く貴方の声が、

涙と一緒に流れて消えていくよ

貴方との思い出がただの記憶になって

段々薄れていくの

嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ


ねぇ、もう一度「愛してる」と囁いてよ―――』


 切ない華澄の表情に、堕ちた生徒は数知れない。

 ああ、自分じゃダメですか? と思った生徒もいるだろう。


 しかし、これは両親への怨念の曲。


 華澄にはもう大切な存在がいる。


 そして、間髪入れず、次の曲に入る。

 華澄が鉄郎への片想いを綴った曲。


 先ほどの『愛してると叫んでも届かない』というバラードとは真逆の、ポップな曲。


 『貴方なんて嫌いだよ』。


『―――貴方みたいな人に、私は恋しない

周りの女の子は貴方にメロメロ

でも、私はそうじゃないの

私は、貴方なんて、好きじゃない

……好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない


ねぇ、嫌いだよ

貴方なんて大嫌い

女の子は貴方に夢中

貴方はバカみたいなリップサービスで

周りを惑わせる


ねぇ、嫌いだよ

ねぇ、大嫌い

……なんて、ウソ

好きなの

貴方が好き

大好きだよ

一瞬じゃ嫌よ

ずっと、私を見てて


ねぇ、大好きよ


貴方みたいな人に、

私は恋したくなかった

貴方は女の子みんなを惑わせる

ねぇ、私もただの女の子なの

私も貴方が好きよ

好き、ううん、嫌い。大嫌い……、好き


ねぇ、好きだよ

貴方のことが好き

女の子はみんな貴方に夢中

貴方は優しい言葉で

私を惑わせる


ねぇ、嫌いだよ

ねぇ、大嫌い

……なんて、ウソ

好きなの

貴方が好き

大好きだよ

一瞬じゃ嫌よ

ずっと私を見てて


ねぇ、大好きよ―――』


 切ない表情から、切羽詰まった熱のこもった表情に変わった華澄。

 華澄はエンターテイメント的に表現力が人より優れていた。

 この曲を聴いて、何人が肩を落としたのだろうか。

 そして、この曲を聴いて、華澄の友人たちは夏休み明けに華澄を尋問しようと決意した。

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