第二話 其の出逢いは真実の愛と運命の始まり


「くそったれ」


「華澄、口汚ねぇぞ~」


 相棒のギターと出逢ったあの日から、三年。

 高校入学を控えた双子は、また同じやり取りをする。

 やっぱり、今回も親はただ多額の金を寄越すだけだった。

 高校に入学するのに。頑張って二人で有名な進学校に合格したのに。

 ……なんで、どうして? どうして褒めてくれないの??


「あの人らのこれはもうしょうがねぇよ」


「わかってる。わかってるけど……」


 匠海は、塞ぎ込む姉の頭を優しく撫で、「ほら、記帳しに行くべ!」と優しく逞しい笑顔を彼女に向けた。

 華澄は、その笑顔に応えるように笑顔を作った。


 三年前、相棒のギブソンを手に入れたはいいが、中学に軽音部はなく、双子はギターを一から独学で勉強した。

 中学三年になる頃には思い通りの演奏が出来るようになったし、なんなら華澄が作詞、匠海が作曲して、曲を作ったりもした。


 高校では軽音部はあるだろうか。

 なかったら、SNSで、バンド仲間を募集しよう。そんな楽しみだった高校入学も、親の事でもう嫌になってくる。


 双子は銀行に行った帰り、あの大通りの楽器店に向かった。

 相棒を迎え入れたあの日から、良く通うようになっていた。


 今日は、バンドスコアと五線譜を見繕いに来た。


 双子が来店して、暫くすると、カランカランと、楽器店のドアの鐘がなる。

 楽譜をどれにするかに夢中だった双子は不意に入口に視線を向けた。


「「(うわ、美男美女!)」」


 仲睦まじくにこやかに入店したカップルのような二人組は、思わず見とれてしまう程の美男美女で、二人ともスラっとして身長が高く、男の方は、ソフトモヒカンに耳にピアスで、深い彫りと高い鷲鼻、切れ長の一重の瞳は鋭い。女の方は、聖母の様な微笑みが印象的なボーイッシュな容姿をしている。後ろより長いサイドの髪を耳に掛ける仕草が何ともセクシーだ。


 男女は女性店員に冷やかされるのを飄々と躱して、双子の近くにやって来て、五線譜のノートを物色し始めた。


 双子はバンドスコアを漁るふりをして、その男女の会話を盗み聞きしてみた。


「前、いつ買いに来たっけ?」


「え? 二週間くらい前、かな?」


「こそこそしてそれだろ? 早くおばさん説得しろよ」


「そんな勇気があったらな~……」


 男の指摘に乾いた笑いを浮かべる女。……女? いや、低い。いや、男にしてはまあまあ高いが、声が女にしてはかなり低い。独特な男の音をしている。


「「男……?」」


「「ん?」」


「「あ、いや、あの……」」


 目は大きくてクリっとしているし、まつ毛も綺麗にカールしていてすごく長いし、唇は少しプルっとしていて艶々している。肌のキメも細かい。

 でも、よく見ると、喉仏は出てるし、肩幅も広くてややごついし、胸はしっかりした筋肉だった。


「ああ、ここの店長もどっちかわかんねーけど、こいつも一見どっちかわかんねーわな」


「あ、俺か……」


 女、基、女顔の男は間違えられるのがいつもの事なのか、嫌そうに眉を顰め、苦笑した。


「すんません、初対面なのに」


「いや、大丈夫だよ。慣れてるから」


 匠海はその女顔の男に謝罪する。

 隣の長身の男と、店のレジの方ではあの女性店員(店長になったらしい)がくすくす笑っていて女顔の男は居心地が悪い。


「女顔は昔からだし成長しても遥ちゃんだもんな。いっそ、男作れよ。その方が早いって」


「お前のご自慢の一物を引き裂いて焼き払ってやろうか」


「「怖っ」」


 こんな冗談が言い合えるのはお互いを信頼しているから。

 この二人は実は幼馴染で三歳のころからお互いをよく知っている仲だった。


「でも、二人ともめっちゃ美形」


「ん? こらこら、俺に惚れた?」


「いや、惚れてないけど」


「ぶはっ! あの無敗のてつくんが振られてやんの!」


 双子と美形男子達が店内で騒いでいると、女性店員、基、楽器店店長がひょっこり現れてからかっていく。からかわれた背の高い、厳つい方の男は肩を竦め苦笑した。


「無敗って……、俺だって振られたことくらいあるよ」


「来る者拒まず、去る者追わずだよね、てつは」


「「モテ男……」」


「はっはっはっ! 俺に惚れたら怪我すんぜ!」


 『てつ』と呼ばれた男は、自分が女性に好かれる方だと言うことを自覚し、誇らしげにする。

 華澄はなんだかこの男に恋してはいけない気がして、でも彼の一挙手一投足が気になって仕方なかった。


 一方、匠海は匠海で、『遥』と呼ばれた方の男の事が気になる。


 本当に男なのか。

 なんでこんなにも美しいのか。

 優しく温かい微笑み意を自分に向けてほしい……。

 なんでこんなにも……。


 華澄は『てつ』を気になる程度だが、匠海は『遥』に、確かに一目惚れしてしまっていた。


 しかし、匠海はそれにまだ気づいていないし、気づいたとしても、認めたくないだろう。

 男同士の恋など茨の道だ。異性愛よりも成就率は低いだろうし、成就したとしても周りから非難されたり、法律上婚姻などもできない。


 果たして匠海は恋に気づき、『遥』と添い遂げることが出来るのだろうか。


 そして、双子は突如現れた超絶美形な男達と意気投合した。

 背の高い、厳つい方の男は荒木鉄郎と言い、女顔の方は玖木遥と言うらしい。

 二人はとてもフレンドリーで、少し人見知りをしている双子にニコニコしながら話してくれる。


「二人は高校生?」


「あたし達、今年から高校なんです」


「じゃあ、俺らの一個下だな!」


 鉄郎が暴露した彼らの年齢を聞いて双子は驚愕した。


「うっそ……」


「大学生か社会人かと思った」


「はははっ! 俺ら色気あるからな!」


「自分で言うなよ、てつ」


 大人びている二人と双子は、ただの一歳差らしい。

 一歳違うだけでこんなにも違うのか。はたまた、この二人が大人びているだけなのか。


 四人は、それぞれ楽器店での用事を終え、店長に挨拶をして、一緒に昼食をとるべくファミレスに移動した。


 そのファミレスは鉄郎のバイト先らしく、彼は、先輩のような二十代くらいの女性店員と親しげに話をしていた。


 ここに来る前に鉄郎達と話をしてわかったが、鉄郎と遥は双子が通う予定の高校の在校生で遥が生徒会会長で、鉄郎が副会長らしい。


 華澄が鉄郎に、「あんたみたいなちゃらんぽらんそうな人が副会長なの?」と若干失礼なことを言ったりもしたが、鉄郎は豪快に笑っただけだった。


食事代は先輩二人が払ってくれることになり、双子は嬉々として好きなものを注文し、暫くしてお待ちかねの昼食が運ばれてくる。


「あそこにいたってことは、お前らも音楽やんの?」


「中一からギターやってんすよ、オレら」


「そこそこ弾けるよ、あたし達」


 ふぅん? と鉄郎がやけに色気のある笑い方をするもんだから、華澄は思わずドキッとしてしまう。


「バンドとか組んでる?」


「いや、中学では軽音部なかったし、二人でやるだけしかしてないです」


 ふぅん? と遥もまたやけに色気のある笑い方をし、今度は匠海がドキッとしてしまう。


「高校って、軽音部ありますか?」


「あるよ。俺が部長」


「「え?!」」


 実は四人が通う(双子は予定の)高校の軽音部部長は鉄郎だった。

 双子は何となく雰囲気的にそんな感じはしていたけれど一応驚き、声を上げる。


「ちなみに、何やるんですか?」


「俺? バンドでは主にドラム」


「「おお!」」


 豪快そうな鉄郎が、ドラムを叩くとなると、やはりきっと豪快な演奏だろう。


「遥先輩も軽音っすか?」


「あ、いや、俺は空手部だよ」


「でも、遥センパイ、今日、五線譜買ってたじゃないですか。趣味かなんかですか?」


「あー、えっと……」


 興味津々な双子に問い詰められて気まずそうに頬を掻く遥。

 遥の隣の鉄郎は意味ありげにニヤニヤ笑って遥を横目で見ている。


「こいつな、音楽続けてんの親に内緒にしてんだよ」


「……だから、作曲もこそこそしてるの。部屋に電子ピアノはあるんだけどね」


 よく話を聞くと、幼い頃、遥は鉄郎と同じ音楽教室に通っていて、その頃からピアノに触れてきたけど、親が学歴至上主義に変わり、音楽教室を無理やり辞めさせられた。

でも、ピアノが好きで、音楽が好きで。ずっと隠れて音楽を続けてきたという。

 それを知っているのは、鉄郎と、鉄郎の妹だけらしい。


「もったいないなー」


「でも、ほんと、こいつの曲は聴いたらハマるぞ」


「「聴きたい!」」


 遥は、「また、今度ね」と笑う。

 双子は、特に匠海は、聴きたくてしょうがない。


「鉄郎先輩はバンド組んでんっすか?」


「え? 組んでない。今の在校生の軽音部、俺だけだもん」


「「え?!」」


 その事実に多少驚く双子だが、考え方を変えれば、双子は気の合う鉄郎とバンドを組むことだって出来るということだ。

 双子は同時に身を乗り出す。


「「じゃあ、オレ/あたし達とバンド組んで!」」


 鉄郎は、一瞬切れ長の細い瞳をめいいっぱい見開いて、そして、女子が見たら失神しそうなくらいいやらしく豪快に笑う。(実際、華澄は顔を真っ赤にした)


「わはははは!! いいぞ!! ボーカルはどっちする?」


「華澄の方が歌うまいから」


「じゃあ、華澄、ギターボーカルな」


「りょ!」


 こうして、華澄がギターボーカル、匠海がギター、鉄郎がドラムで、バンド(仮)を組むことにした。

 あとは、新学期でベースを見つけるのみ!

 果たして、彼らと気の合うベーシストは見つかるのだろうか。



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