第一話 華澄と匠海


 楠木姉弟は二卵性の双子。

 姉は華澄と言い、弟は匠海と言った。

 外見と中身のよく似た二人は、仕事が忙しいと言って、家を長期間開け、顔も見せないネグレクト両親の間に育つ。両親の間にもう愛などはなく、彼らはお互いに外に愛人を作っていた。


 夫婦というのは書類上だけになり、愛人が本命に変わり果てた男女は、愛を囁きあって授かった筈の可愛い双子にもう二年は会ってない。


「くそったれ」


「華澄、言葉遣い」


 そんな両親から、家族の連絡用グループチャットに久々にラインが来たと思ったら、それぞれから、「今月から少し多く振り込んであげるから感謝しなさい」そんな上から目線の一行だけだった。


 華澄は憤怒する。

 そりゃそうさ。だって彼女達は今月から中学生になるのだ。

 おめでとうくらい言ってほしい。欲を言えば一緒に祝って欲しかった。今月から生活費の支給額が増えるということは、彼女達が中学生になることは分かっている筈なのに。


 悔しい。切ない。悲しい。虚しい。腹立たしい。


 新学期も目前なのに、色々な感情でぐちゃぐちゃになる。


 双子の両親はそこそこの高給取りで、それぞれから多額の、有り余るほどの生活費が振り込まれる。

 二人は、それを『手切れ金』だと思っている。もうそれでいい。

 でも、そう思うことで、自分達はいらないんじゃないかと感じる。

 嗚呼、嫌だ。


「とりあえず、記帳しに行くべ」


「……うん」


 匠海は塞ぎ込む姉の頭を優しく撫で、リビングチェストに入れてある一冊の通帳を手にして出かける準備をしようと彼女を急かした。

 双子はそれぞれの広い一人部屋に向かい、部屋着のお揃いのスウェットからお洒落な今時の洋服に着替え、お揃いのボディバックを持って、サイズと色の違うこれもお揃いのスニーカーを履いて街に出かけた。


 楠木姉弟は非常に仲が良く、中学生になる今でもお揃いのサイズ違いや色違いを選ぶことが多い。


 家の近くの大通りを歩いていると、桜並木が綺麗にピンク色に染まっていて、サァ……と風が吹くたびにヒラヒラと花弁が舞うのが圧巻だった。


「めっちゃキレー!」


「父さん達も桜見てっかな?」


「さあね~。あの人達が桜がない国にいてもあたしはなんも驚かんよ」


「確かに」


 双子は両親が今どこで何をしているのかも知らないし、知りたくもない。

 知ったところで自分達を愛してくれた両親はもう何処にもいないし、それどころか自分達を形成したのだって、愛していたからじゃない気がしてもう考えるのが億劫になる。

 でも、やはり二人もまだ中学一年。父母の事を想ってしまうこともある。


 暫く桜並木を歩いて行くといつも利用する銀行に着く。


「うわ、あの人達バカじゃん」


「何? ……は? こんなにもいらねーけど」


 その『手切れ金』は中学生の二人暮らしには多すぎる金額だった。

 なんならあと三人くらい余裕で養えそうな金額のそれを眺めて、双子はため息を吐く。


「なあ」


「『アレ』、買っちゃう?」


 そして、ため息を吐いた後、二人は悪戯を思いついた子供のように、にやり、と笑った。


 記帳した帰り、駅前の大通りにある楽器店の前に、双子の姿はあった。

 双子が銀行から向かって反対側にあるこの大通りの楽器店にまでわざわざやって来たのには理由がある。


「よし、入るよ?」


「お、おう!」


 カランカラン

 ドアに付いていた鐘がなる。

 すると、店員だろう性別のよくわからない人物が読んでいた音楽系雑誌から顔を上げる。


「「うお!」」


「こらこら、ガキ共。人の顔見てその反応は失礼だからな?」


 双子は、店員の容姿を見て、驚愕して同時に声を上げた。

 店員は年齢不詳、性別不詳で、耳や顔面には痛いほどのピアスを付けて、奇抜な色の独特な髪型をして、首筋には黒い蝶のタトゥーを彫っていた。


「あ、ご、ごめんなさい」


「いんや、まあ私が奇抜なのは私が一番よくわかってるからダイジョーブよ」


 双子はホッと息を吐く。どうやらこの店員は心優しい人種みたいだった。

 店員がカウンターの椅子から立ち上がり双子の前に出てくるが、中学一年男子の平均身長以上ある匠海よりもはるかに大きく一般男性並み以上の長身で、真っ平なAカップの華澄よりも確かなふくよかな膨らみがあった。


「え、女性?!」


「え! ウソだろ?!」


「びっくりした? 大体の初対面の人に性別聞かれんだよね~」


 女性店員はニコニコ笑う。

 しかし、それにしても見た目や仕草や声も何もかもが中性的過ぎて一見しただけではどちらかわからない。


「で? 嬢ちゃんと坊ちゃんは双子かな? 何をお求め?」


「「ギター!」」


 双子は前のめりに答える。

 女性店員はニィ! と笑い、「こちらへどーぞ!」と双子をギターコーナーに案内した。


「「すげー! いろいろある!」」


「値段もピンキリよ? 予算は?」


「予算は別にどーでも」


「金ならある」


 双子の、金ならある発言に女性店員はブハッ! と吹き出し、「やべ、鼻水出た」と鼻を啜る。


「やべ、マジもんの嬢ちゃん坊ちゃんだった!」


「「うーん、否定はしない」」


「ぶはーっ!」


割とノリのいい女性店員はバシバシと自分の太ももを叩きながら笑い、双子との会話を楽しんだし、双子も女性店員と話すのは楽しかった。


「さてさて、どれにする? 初心者ならこの辺かな」


「「う~ん……」」


 女性店員が指さした初心者向けのギターには何もときめかない双子だが。


「この赤かっこいい!」


「わかる! オレはこの黒がいい!」


 双子はやはり感性が似ているのか、同じギブソンのレスポールスタジオというギターの、華澄は赤を、匠海は黒を指さす。

 それぞれ、十五万はする代物だった。

 女性店員はまたブハッ! と吹き出す。


「渋いねぇ。その歳でギブソンか~!」


 女性店員はその赤と黒のギブソンを手に取り、双子に弾いてみるかい? と問いかけた。


 双子は最高潮にテンションが上がる。


 店内に置かれたパイプ椅子に座り、双子は出鱈目なコードをジャジャ~ン! と弾き鳴らす。


「「おお!」」


「いいじゃん。かっこいいぞ~!」


「「これにします!」」


「決断早っ!」


 女性店員は、本当にこのギターでいいんだな? と双子に念押しする。

 高価な買い物だ。慎重になれ、と双子を諭した。

 しかし、双子が同じような真剣な顔をしてお互いを見つめてから同じ顔で笑い、「「これがいい!」」と言うもんだから、女性店員はもうこれ以上おせっかいをするのはやめた様だった。


「ギターの他にいるものある?」


「アンプとか結構色々いるよ。待ってな、用意したげるから」


 女性店員が機材類を準備している間、双子は相棒でまた出鱈目なコードを弾き鳴らす。


「なぁ、ギター教室とか行く?」


「軽音部あったらそこにしない?」


「そーだな!」


 もうすぐ新学期。

 どうせなら先輩や同級生たちと音楽をやりたい。

 でも、音楽をやるにはお互いが必要だと思う。

 この世に生を受けた時から一緒で、苦楽を共にしてきた大切な姉弟。新しいことをするなら、一緒がいい。


女性店員を待っていると、アンプと小型のチューナーとその他諸々一式を二組、レジ横に用意してくれた。

 しかし、徒歩でここまでやって来た双子がこのまま持って帰れそうにもないくらい大きな機材もある。


「お嬢様方、お車は?」


 女性店員は揶揄して問う。

 双子が慌てて首を振ると、女性店員は、ニィッ! と笑う。


「それなら、うちと契約したら魔法で送ってあげるよ! ビュン! ってね☆」


「「ま、魔法?」」


「てれれれってれ~ん! 宅急ビーン!」


 ノリノリで宅配伝票を取り出した女性店員に、双子が「ただの宅急便じゃん!」と笑う。


 宅配伝票にサインする前に二人分の金額を確認した。普通の中学生なら到底手の出せない金額だが、二人にはパトロンがいる。まあ、会えないし、向こうからの愛もないけれど。


 ギターと機材類のお金を用意しに、じゃんけんで負けた匠海は近くのコンビニに向かう。

とりあえず、お金をコンビニ銀行でおろしてから、また楽器店とは逆方向にあるいつもの銀行で記帳したらいいとなったのだ。


「それにしても、こんな額の買い物、親はよく許したな。ああ、金はあるんか」


「愛は無いだろうけどね」


 匠海が楽器店を出てから、そんなことを華澄と女性店員は話した。

 華澄が泣きそうな顔でそう呟くと、女性店員は優しく微笑み、彼女の頭を撫でてくれた。


「大人って勝手だよな」


「ホント、大人は勝手。でも、お姉さんの事は好き!」


「はぁ~! 可愛い!! お母さんと呼んで!」


 大人に嫌悪するも、満面の笑みで女性店員に好意を告げる華澄に、女性店員はぎゅうっと愛おしそうに彼女を抱きしめ、華澄も嬉しそうに抱きしめられていた。


「……いや、どういうことよ?」


「匠海! お母さんだよ!」


「お母さんと呼んで!」


「うん? 状況がよくわからない」


 お金をおろして楽器店に戻ってきた匠海は、目の前で繰り広げられている光景についていけない。

 華澄と女性店員はまだ抱き締めあっている。

 状況は未だ解明出来ないが、大好きな姉がご機嫌になったからもうどうでもよかった。


 お金を払い、宅配伝票にサインして、女性店員にお礼を言い、相棒になったギブソンを背負い、帰路に就く。


 中学生になる二人は、こうして大切な相棒を手に入れたのだった。



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