第6話

相変わらず誰もいない。

それなのにどの建物も寂れたようなことはなく、まるでついさっき磨かれたように輝いている。本当は人々がいるのに、自分にはその人たちが見えていないのではないかと考えてしまう。

そして、断片的に思い出した自分が何かの『候補』だということ。

「生け贄とかなら勘弁して欲しいわね。」少し物騒なことを考えてしまう。

その時、肌がザワリと総毛立った。

今まで感じたことのない嫌な感覚。まるで首元に刃物を突きつけられたような冷たさを感じた。

そして私は初めてこの世界で人の声を聞いた。

「まったく、何で俺達がこんなくだらない仕事をしなきゃならないんだ。」

「どんなことでも仕事だ。候補を追い詰めて、一人でも減らすのが今の最優先事項だ。」

声の主は二人。しかも何だか物騒極まりない。候補って、私のことだよね。しかも減らすって···。

「奴らは戦闘では素人らしいから、減らすのは簡単じゃん。」

私は壁の飾り窓からそっと声のする方を覗いてみた。

一人は燃えるような真っ赤な髪の少年。

もう一人は長く青い髪の青年だ。そして二人の腰には明らかに刀のような刃物が差してある。

「候補を侮るな。どんな力を持っているか分からない。力を開放する前に仕留めるのが仕事だぞ。」

まずい!明らかにまずい状況だ!

見つかれば殺されるらしい。夢の中で殺されると現実の私はどうなるんだろう。

でも夢でも殺されるのは御免だ。間違いなく痛いはずだ。

その時、手首の鈴が小さく『リン』と鳴った気がした。

「お?なんかいるぞ。候補じゃね?」

二人が近づいてくる。まずい、まずい、まずい!

「なんだよ。猫かよ。」

赤い髪の少年が気が抜けたように私を一瞥すると戻って行った。

猫?緊張で固まっていた左手をそっと見た。

白い毛が見える。茶色の尻尾の先だけが白い。

(え?この尻尾って。)

それは飼い猫のフォルの尻尾だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る