Day 0 鈴原あゆ美
手首を切り開こう
そこに種を植えるために
4階から屋上へ上る階段、扉は閉鎖されている。だからここを登っても行き止まりだ。生き止まりの私には丁度いい。どうして教師は青空を封印するのだろうか?黄緑色の扉を背負い、座る。売店で買ったカッターナイフのパッケージを破壊する。
「白い傷と黒い傷、どちらがいい?」
左肩に止まる白い天使が聞いてきた。
「黒い傷がいいよな?な?」
右肩の黒い悪魔が聞いてきた。
私には、それを選ぶ権利があるんだ――嬉しかった。
死にたくないから自分を傷付ける
生きたくないから自分を慰める
繰り返す自慰自傷
太腿の奥をスカートの上から掻き、項垂れた。
彼らは嘘を言っている。手首を切り開いても、赤い傷しか出来ない。白い傷?黒い傷?私は口をすぼめて、天使に風を吹きかけた。
「なにすんだよ!」
髪にしがみつき、足をばたばたさせながら天使が怒った。
「嘘つくから」
「嘘?」
「嘘なんかついてない!」
「白い傷なんて嘘」
「嘘じゃない」
悪魔が嗤う。
「天使の言うことなんて信じるな」
「アナタは黙ってて!」
悪魔にも息を吹きかける。黒い槍を私の肩に刺し、しがみつく。
「槍、痛い」
「じゃあ吹くのを止めろ」
チャイムとチャイムの間は、閏秒のように、本来は存在しない時間。人生を微調整する為に誰かが作った必要悪だ。
このため息
誰のための息?
「ねぇ、早くしなよ。誰か来ちゃうよ」
天使が言った。
「そうだ。そろそろチャイムが鳴るぜ」
この階段は、暗くてひんやりしていて、神社の側を通った時のように、何かに見られているような感覚、そして、死んだ草木の臭いがする。
私の死因を覆い尽くす
石榴みたいな瘡蓋を集めて
籠一杯に盛り付けて
美術の時間に皆で
それを静物として描いて欲しい
私は、カッターナイフを手首に押し当て、線を引いた。でも刃を上に向けていたので、手首は無傷だった。代わりにうっすらと白い筋が出来る。
「白い傷を選んだね」
「ちっ」
白い筋は、アニメーションのようにもともとの肌の色へ。どうせ傷つけても、致命傷にならない限り、私の体は、治るのだ。心がいくら死にたいと思っていても、体は生きようとしている。私は笑った。
手を叩かれた。かしゃんかしゃん吹っ飛ぶナイフ。
「あ、杉並」
「馬鹿野郎!」
教員室に連行された。叱られるのを期待していた、何ならぶん殴られたら面白い――そう思っていた。教師達が私を取り囲み、困惑したように半笑い浮かべ(優しい表情のつもり?)生ぬるい言葉を交互に吐きかけ続ける。延々とだ。石を投げつけられている感覚がした。
「鈴原……親御さんが悲しむぞ」
(悲しまない。それだけは断言できる。適当なこと、言うな!)
杉並幸太郎――数学教師、コイツの授業は最悪だ。数学?スマホあるんだけど?コイツ自覚無い。生徒を殺しているという自覚がない。教壇に立って、つまらなそうに淡々と教科書を読んで、黒板に数字書いて、生徒を指さして、黒板を消して、指に息を吹きかけ、チョークの粉を飛ばす。窓際の陽が、チョークの粒子を美しくみせかけるが、私は騙されない。
命は時間で計ることができる。つまり私の命――人生は時間だ。私の一時間を無価値にするということは『私を1時間殺す』ということだ。
右肩の悪魔が囁く「そこの眼鏡、殺して欲しいか?」「うん」「じゃあ、殺してやろうか?」「いや、やっぱいい。どうせなら――」
【自分デ殺スカラ】
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