Day 1-②杉並幸太郎

 生徒を殺したんだ。報告はしておくべきだろう。職員室に入り、真っすぐ教頭の席に向かう「教頭先生」「杉並先生っ!……どうされたんですか?その怪我――」「実は少し、話し難いことがありまして――」「場所を変えよう。進路相談室に行こうか」

 教頭の後に付いて行く。他の教員達のひそひそ声を背に、職員室を出る。


「聞きましょう」

「あのー」

「まぁ、座りなさい」

「はい」

 教頭は立ったままだ。体を斜めに向けて、ボクを見下ろしている。尋問めいた構図。

「生徒を撃ち殺してしまいました」

「なにっ?!」

「いえ、といっても1/3だけですが」

「あれか?例のあれか?」

「ええ」

「つまり君は、生徒とガンファイトをしたんだな?」

「ガンファイト?まぁ、銃で撃ち合いになりました」

「どうして撃たせなかった?」

 耳を疑った「はい?」「どうして君が撃つんだ?教師だろ?」「教師ですが――」そうなのか?生徒と銃撃戦になった場合、教師は生徒に撃たれるべきなのか?学習指導要領――昼休憩の間に改訂されてしまったのだろうか……。

「ボクには死ねない理由があります。家に身重の妻が――」

「セット」

「え?」


 6時限目の終了を告げるチャイム。


「PTAに説明のしようがない。いずれにしても君は懲戒免職だ。な?死んだ方がましだろ?だから勝負をしよう。そして撃たれなさい私に、それが今回の処分です」

「ちょ、ちょっと待ってください懲戒免職?殺したのは事実です。それは認めます。ですが1/3だけです。トドメは差して――」

「杉並先生、ちょっと考えてみて、一般的に言って”殺害”と”性加害”どちらの方が罪が重いと思う?」

「そうですね……一般的にということであれば、殺害ですかね」

「だよね?じゃあ1/3殺害した場合と1/3性加害を加えた場合、どちらが重罪かな?」

「1/3の性加害が具体的にどういったものなのかが――」

「答えなさい」

「はい……殺害です」

「だよね?だよね?じゃあ懲免が妥当だろ?」

 懲免=懲戒免職の略……か?略す必要があるほど、日常で頻繁に使う単語でもないだろ?

 

   性加害=懲免

   殺害=懲免

   性加害<殺害

   性加害/3<殺害/3=X

   X=懲免(懲戒免職)


 その連立方程式、正しいのか?

「今ボクが死ねば、妻を守ることができません。生まれてくる赤ちゃんを守ることもできません。だからボクは死ぬ訳にはいきません。ベット」


【ベットを確認シタ。双方、ワタシガ合図ヲスルマデソノ場カラ動イテハナラナイ】例の猫が現れた。窓枠に立って、オレンジになりかけの陽を遮っている。床に長い猫影。


「ジャッジ、確認したいことがある?話せるか?」

【イイダロウ。正シ、会話中不意二合図ガ出サレル”リスク”ヲ覚悟シロ】

「『レイズ』はありか?」

【レイズ?】

「つまり、賭けるライフを1より上に設定することは可能か?」

【面白イ!】

「答えろ!」

【……認メヨウ。レイズハ”アリ”ダ】

「じゃあ、レイズ、ライフを3賭ける」

【残リライフ以上ノライフヲ賭ケルコトハ――】

「妻のライフを賭ける。認めるか?」

【オ前……狂ッテルナ。気二入ッタ。認メヨウ】


「ちょ?え?杉並先生、つまり――」

「この勝負に負けた方が絶命するということです教頭、貴方にも命を賭けてもらう」

「そんな……負けたら死ぬ?じゃあ取り消すさっきのセットは無しだ」

 

 音が消え、時間の流れが緩慢になる。ああこの感じ――。


 慌てふためく教頭、半狂乱だ。でもボクには分かる。ジャッジが”取り消し”なんて認めるわけがない。

 教頭――どうして椅子に座らない?どうしてジャケットの内ポケットの辺りが不自然に膨らんでいる?どうして派手に手を振り、慌てる振りをしてながら、ゆっくりと右手を懐に差し入れる?――簡単に殺せると思うなよ。


【ファイヤ】


 膝の上に乗せた鞄に、ずっと手を入れたまま話していたんだ。銃は常に、僕の掌の中で息を殺していた。だから教頭、貴方がボクを騙し討ちすることは最初から不可能だったんだ。

 

 心臓に6発。初めて人を殺した。でも後悔はしていない。ボクが死ねば、加奈子も死ぬ。赤ちゃんも死ぬ。だから――。


「ボクは何も悪くない。だろ?」

 ジャッジは何も答えずに、陽に溶けて消えた。

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