Day 1-① 杉並幸太郎

「ざわざわしない!」

 教室がざわついている。当然だ。破れたスラックスから血だらけの膝、眼鏡のレンズには亀裂、すりおろした人参みたいな頬――そんな姿で教師が入ってきたら、ざわついて当然だ。でもこんな時にこそ平常心だ。何事もなかったように、淡々と授業を開始するのみ。


「せんせー、その怪我どうしたんですか?」

「怪我?なんのことだ。授業を始めるから静かに――」

「奥さんと喧嘩したんですかー?」

「な?!仮にそうだとしても、加奈子はここまでやるような凶暴な女じゃあ――」

「浮気だ!浮気がバレたんだ!」

「ひゅーひゅー」

(嫌いだ)


 この女子高特有のノリみたいなの――嫌いだ。

「静かにしないと……撃つぞ」

 教室が白けて静まり返る「では、ノートを開いて――」


********************


「先生、大丈夫?」

 教科書を鞄に仕舞い「大丈夫だ」

「頬っぺた痛そう」

「鈴原、もういいから、次体育だろ?早く移動しろ」

「先生……」

「何だ?」

「セット」

「なにぃ?!」

「聞こえたでしょ?セット」

「……フォールドだ」

「なんで?」

「生徒と殺し合いするわけないだろ?……ていうかお前、どうしてルールを知ってる?」

「皆知ってるよ。昼休憩の時に教室中のスマホから地震速報みたいな警報が鳴ったの。メッセージにルールが書いてあった――そして」

 

 かちゃ


「鞄の中に……ねえ、先生、私と勝負しよ」

「持ってるのか?」

「何を?」

「しらばっくれるな。手を前に出せ」

「勝負してくれたら教えてあげる」

「断る。お前と戦う理由が無い」

「私には有る」

「どういうことだ?」

「数学が嫌い。てか先生の授業死ぬほど退屈。だから、死んでほしい」


 六限目開始のチャイム。


「私、先生の家、知ってるよ」

「だからなんだ?」

「先生が勝負受けてくれないなら、先生の奥さんに勝負を挑もうかなぁ……妊娠八か月だっけ?」

「鈴原……本気か?」

「先生は、私の人生を一時間ずつ殺している。だから、私には先生を殺す権利がある。セット」

 鈴原の右手、後ろに回している。多分いや、確実に銃を握っている。ボクの銃は――。

「……ベット」


【双方、ワタシガ合図ヲスルマデソノ場カラ動イテハナラナイ】

 教卓の上で猫が告げた。

「先生、私のこと撃たないよね?」


【ファイヤ】


 教科書を仕舞った時指に触れた冷たい感触、合図が聞こえた瞬間に握りしめ、鞄に入れたまま鈴原を撃った。


「先生……酷いよ。生徒を撃つなんて」

「越えてはいけないラインがある。ボクを殺そうとするのは構わない。でも加奈子と産まれてくる赤ちゃんを傷付けるというのならボクは……誰でも殺す。たとえ相手が生徒だとしてもだ」


 床に崩れ落ちる鈴原あゆ美――あのクソビッチが言ったことは本当だった。いや”現実になった”と言った方がいいのだろうか?

 鞄を見る――穴は開いていない。銃弾で撃ち抜いたはずなのに。鈴原は――死んだようだ。でも心配する必要はない。たった1/3死んだだけだ。

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