『ペル・パラベラム・アド・アストラ』

或虎

Prologue

 バス停のベンチに女の子が座っている。ひらひらした黒い服――ゴスロリとかいうファッション?長いまつ毛、紫の口紅、膝の間にだらりと両手を垂らしている。

 右手をピストルの形にして、通行人の中年男性を――撃った。

「ぱーん」

 声は出していないが、分かる。唇がそう動いたから。蝉の声が止んだ――気がした。


「駄目だよあんなことしちゃあ」

「あんなこと?」

「人を撃っただろ?」

「撃ってないよ」

「見てたよ」

「人は撃ってない」

「じゃあ何を撃ったの?」


【ココデ立チ去ッテイレバ誰モ死ナズニ済ンダノニ】


 紫の唇がめんどくさそうに開いて「退屈よ」「退屈?」「そう」ボクは笑う。「そいつは銃で撃ったくらいじゃ死なないよ」女の子が立ち上がる。

「とにかく、悪趣味なことは止めなさい」

 大人の意見をして、立ち去ろうとするボクに、女の子が銃口を向ける。

「止めろ!」

「ぱーん」

 ボクは飛び退く「当たったらどうする?」「当てるつもりだし」「どうして?ボクは君の敵じゃない」「敵よ。だってアンタさっき……退屈の味方をしたもの」「退屈の?味方?」

「ぱーん、ぱーん、ぱーん」

 三発も撃ってきやがった!ボクは横っ飛び、アスファルトの歩道で前転、スーツの肘か膝んとこが、多分だけど破けた。

「いい加減にしろよ」

 指を曲げ、ピストルの型をつくる。右だけじゃない。左もだ「こっちは二丁拳銃だ」撃つ――交互に、撃つ。左右6発ずつ、計12発。女の子の心臓目掛けて撃ち尽くした。


「嗚呼……心臓を撃ったの?駄目よ……死んじゃうじゃない……退屈が」

 胸から血が流れている。足元に血だまり、ぽとぽと。

 女の子が銃を構える。今度は指じゃない。本物の銃だ!?

「ぱーん」

 ボクは撃たれた。


********************


 空が目の前にある。気を失っていたようだ。そして女の子の声「はじめるよ」「……始める?」「アンタのせい。アンタのせいで、この街のルールが変わってしまった」「ルール?」起き上がろうとしたら、銃口で肩を押さえつけられた「痛い!どけろ」

「説明してあげる」


 〔ルール〕

 ①勝負を挑むときは『セット』を宣言する

 ②勝負を受ける場合は『ベット』

  受けない場合は『フォールド』を宣言する

 ③ジャッジが合図するまで移動してはならない

 ④ジャッジが『ファイア』と合図したら

  撃ち合い開始する

 ⑤ライフが0以下になると即座に死亡する

  初期ライフは3


「分かった?」

「分からない。1mmも分からない。なんのゲームの話だ?」

「今からこの街で始まる命を懸けたゲームの話。ちなみに、アンタのライフは2ね。さっき私に殺されたから」

「遊んでる暇はないんだ。早く戻らないと五時限目が始まってしまう」

「五時限目?」

「教師が遅刻するわけにはいかないだろ?銃を退けてくれ」

「セット」

「……銃を退けろ」

「受けないの?ワタシに勝てば、解放してあげるよ」

「いいだろう。『ベット』だ」


【確認シタ。双方、ワタシガ合図ヲスルマデソノ場カラ動イテハナラナイ】


 猫がいる。ボクの肩の近く、女の子のスニーカーの横に「今しゃべったのはその猫か?」

「構えないと、死ぬよ」

 紫色が笑った。

【ファイヤ】

「ぱーん」

 肩に衝撃が走る。ボクはのたうち回る。


「分かった?アンタが退屈の味方をしたせいで、この街は変わってしまったの。今から殺し合いが始まる」

「訳の分からないことを言うな!くそっ!血が……あれ?出てない」

「アンタのライフはあと1しかない。この先1回でも勝負に負けたら――死ぬ」

「……ふざけるなよ」

「銃は、鞄に入れておいた。弾丸は時間が経てば自動的に装填される。これで説明は終わり。一週間生き残れたら、すべてを元に戻してあげる。じゃあね」

「はは、やっぱりガキだな」

「今、何て言ったの?」

「ガキだって言ったんだ。お前が言ったルールには抜け道がある。『フォールド』を宣言すれば勝負を避けることができるんだろ?じゃあ俺は、この一週間フォールドを宣言し続けるだけで――」

「ルール⑥『フォールド』は連続で2回までしか宣言できない。ルール⑦ルールはアタシによって随時追加修正される。以上」


「待て!名前を教えろ」

「人に名乗る時は――」

「杉並幸太郎だ」

「ダサッ……普通にダサい名前。死ね」

「うるさい!お前は?」

「アタシの名前、まだないの。だからアンタが決めて、それがアタシの名前になる」

 タイミングよく来たバスに、女の子は乗って消えた。


「……クソビッチ・チビッチ。お前の名前はたった今からクソビッチ・チビッチだ。畜生!ざまぁ見ろ!」

 立ち上がる。やっぱり膝のとこが破けている。眼鏡のレンズに触れる。ヒビが入っている。教室に戻るか――くそっ!こんな格好見られたら生徒に何て言われるか……くそっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る