【母・白鳥 舞依】

 ——どうして、私の子が。私の子だけが。


「あら? 一也さんから電話なんて」

 こんな時間に珍しいわ、と振動して鳴る机上のスマホを手に取る。

「一也さん、何かあった?」

『……舞依さん⁉ 霜乃華が‼』

「え? そのちゃんが何て?」

 一也は酷く取り乱していて、電話の向こうからはピーポーピーポーとサイレンが聞こえてきた。

「どこかで事故でもあったの? あなたは大丈夫、よね」

『………霜乃華が、事故に遭った』

「………え?」

 考えもしなかった。まさか自分の娘が事故に遭うなどと。この世に21億人もの子どもがいながら、なぜ自分の娘が。

『今救急車に乗せてもらってるんだが、霜乃華は意識不明の状態。頭部と腹部からの出血多量で……まずいらしい』

「搬送先の病院はどこ⁉」

『い、石亀びょうい……』

「すぐ行く‼ あなたはそのちゃんの付き添いをお願い‼ しっかりするのよ」

『ぁ、ああ』

 早口でまくし立て、混乱してろくに頭が回っていない夫を叱責してから即座に電話を切る。

 専業主婦の対応は早かった。スマホを肩と頬で挟んでそのまま会話をし、空いた両手でバックにお薬手帖やら診察券やらが入ったポーチなどを詰め込み、家を出て鍵を掛けてから車に向かう。

 石亀病院は、車で十分ほどの場所に在った。

 面会の要請をしても、帰ってくるのは『是』ではなく『否』。焦りだけが蓄積していく。


 ——霜乃華への面会が叶ったのは、数時間後のことだった。

「そのちゃん? 何かの間違いでしょう? ほら起きて。もうこんな時間よ」

 霜乃華は、真っ暗だと、暗くて怖いとだけ言う。他は何も聞かなかった。

「どうして」

 母の想いは今の娘に届かず、等しく娘も不憫なほどに人の想いを受け止められないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る