第伍章『大好きなあの歌、』


——『私は歌が好きだから歌ってんの。勘違いすんじゃない』——


 姉・穂乃華は、生半可な覚悟では追いつけない高難度の中学校に通っている。校長先生の推薦だとかで、内申点や出席状況などの推薦要件を満たしていた。要するに優等生だ。その上、スクールカースト上位に位置する女子である。

 教職員からの評判もよく、社交性の塊だ。

 そんな天才肌の姉は、音楽専門の教師お墨付きの歌声を持っている。


『そのかいっつも思うけど、おねーちゃんは歌うまいねぇ』

『そう? まぁあんたよりかは、か・く・じ・つに上手いとは思うけど』

『あああああおねーちゃんがイジメてくるぅー』

『バカかおまえは‼』

 穂乃華は、重たい空気を肺から全て出すかのように溜息を零す。疲労感たっぷりの顔を上げ、じとっとした目で己の愚妹を睨んだ。

『あぁー分かっちゃったぁー。おねーちゃんそのかに聞いてもらいたいから歌ってるんだー』

『っはああああっ⁉ 話が飛びすぎじゃない? 私は歌が好きだから歌ってんの。勘違いすんじゃない』

『えっひどーぃ』

 羽虫のように纏わりつく妹を、穂乃華はしっしと追い払う。

 姉妹二人の会話はそこで途切れたが、次いで歌い出した穂乃華の美声に魅せられてしまった。



 『あの子へ』

〝 代り映えのない日常。退屈凌ぎのスマホとネイル。

 日頃騒がしいあの子の声に、ほら、いつも悪戯心が芽生える。

 あの子は、私がいくら邪険に扱おうとも笑顔を絶やさない。

 楽しさを感じる自分がいるのに、気付かない振りを。

 捧ぐ歌、メロディ、旋律、歌声と共に。

 あの子へ届く、歌。

 ねぇ、聴いて? 私の思いの塊であるこの歌が、あの子にも届くように。 〟



『うん、内容だけだけいい歌』

『……ちょっと殴っていい?』

 振り下ろされる拳から、必死に逃走する霜乃華。

『だっておねーちゃん、ほんとに事実だし~。なんでいっつもこの曲歌ってるのかは知らないけどぉ、聞いてるこっちからしたらそのかのために歌ってる!っておもっちゃうよぉ。それにおねーちゃんこの歌めちゃくちゃじょうずだもんっ』

『お世辞は要らないんだけど』

『んも~~。おせじじゃないってばぁ』

 霜乃華は、日頃から穂乃華に嘘ばかりを吐き続けていた。それゆえ、『オオカミ少年』に出てくる羊飼い主人公のように全く信用されていない。

『ちょっとは信用してよぉ』

『個人的に、嘘かほんとか分からんギリギリのこと言っている奴は信じちゃいけないと思うんだけど』

『ふぇぇぇそうなの⁉』

『個人的に、だってば。……ってかなんか、どんどん歌の話題から離れてくじゃん……』

 穂乃華は脱力感いっぱいに呟く。


『……せぇっかく、あんたのために曲選んで歌ってんのに』


『おねーちゃん今、なんか言った?』

 ——相も変わらず姉はツンデレだ。そのことに、霜乃華だけが気付いていない。

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