第陸章

 意思疎通する方法。

 それは、触覚のみ残された霜乃華にとってかなり高難度なことだった。

 かの有名なヘレン・ケラーは、てのひらに文字を書いてもらいそれを読み取ったという。


 ——そこで、石亀病院の医者達は〝その方法〟を取り入れてみることにした。


 簡易な単語を繋ぎ合わせて作り出す文章であれば、その意味も伝わりやすい上に理解しやすい。霜乃華の質問に対する返答になるわけだ。

「そーのーかー、手ぇ出して」

 ぶっきらぼうな口調で、穂乃華がばしっと乱暴に妹の手を掴む。

「やっおねーちゃん? なにー?」

 霜乃華はやや楽しそうに声を上げ、穂乃華の右手を両手で掴みブンブン振った。この頃には既に、触れただけで相手が誰かを言い当てれるほどに感覚と触覚が敏感になっていた。

「てのひら出せってば」

 無理矢理手を開かされるが、思わずぶーたれる霜乃華に非はないはずだ。何せ見えないのだから、何が起こっているのかなど理解できるわけがない。

「なんで手ー出すの」

 文句を垂れ流しながらも、当の本人である霜乃華は渋々従う。

 固唾をのんで見守る家族達。

「……ほ、の、か……っと」

「んふふ、くすぐったいよぅ。………んぇ? ほのか?」

 軽く触れられたことで、こそばゆくなりくすくすと笑ってしまう。しかし、そこに書かれた文字に気付いてはっと読み上げた。

「やっぱりおねーちゃんだった! そうだよねっ」

 次に書かれたのは、『うん』。霜乃華は発狂するように喜んだ。

「やったぁぁぁぁぁっ」

『よかった』

 その後も文字の会話は続く。

「ねぇねぇ、今は何時?」

『ごご7じ』

 幾つか試すように言葉を書き、漢字は読みとるのが難しいと判断された。全ては平仮名と数字の会話だ。

 それでも、何もない退屈な世界の霜乃華には十分すぎるほどの刺激であり、踊りたくなるほどに歓喜していた。

「ねぇっおねーちゃん! もっと書いて!」

『ゆびつかれた』

「えぇ? そのかずっとヒマだったんだから、ちょっとぐらい相手してよぉ」

『れんにかわる』

「けっきょく代わるんかいっ」


 ——〝いつもの日常〟。それに近づく第一歩になった気がした。

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