第拾章

 南大学での生活。それは、霜乃華にとってかなり酷なことだった。石亀病院に居た時よりも治療に専念し、毎日のように検査や状態の確認などをする。

「だれ⁉ 来ないで!」

 刺々しい口調で周りを威嚇し、精神崩壊の道を辿っていた霜乃華。医師達は精神科の者にも協力を仰ぎ、霜乃華の情緒安定を試みていた。

『おちついて』

『きみのため ちりょう』

カウンセリングなどの療法を受け初めてから数週間。霜乃華が無暗に激高することはほぼなくなった。

「良かった……そのちゃん、今の状況を受け入れてきているのね」

 安堵の溜息を漏らす舞依の隣で、霜乃華はにこにこと空に向かって会話を続けている。

「もう、この光景にも慣れたものだわ……。しみじみしちゃう」

 慈愛の溢れる瞳で霜乃華の髪を耳に掛け、頬に手を当てた。

「あ、おかーさん!」

 いつも通り感付いた霜乃華に微笑んで、「ええそうよ」と手を握る。

「ずっと、このままでもいいかもしれないわね………」

 唐突にその言葉が口を突いて出て、舞依は己に驚いた。自分でも、何を言っているのかが全く分からない。

「しっかりするのよ、私。そのちゃんもれーくんも、ほのちゃんや一也さんだって、皆辛いの。ほら気を持ち直してっ」

 パンパンッと二回頬を両手で叩き、大きく息を吐く。

——白鳥家族の中に、微かな綻びが生まれていた。

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