第玖章『馴染みのあの味を、』


——「美味いのなら良かった。お馴染みの味付けだが、これこそ家庭の味だろ」——


 白鳥家は、主に漣が食事や弁当を作っている。家事はできるが卵焼きを真っ黒こげにする料理の腕前の持ち主、舞依の代わりと言ったところだ。


『おにーちゃん、今日の夜ごはんなぁに?』

 霜乃華は、いつものように兄・漣へ問うた。(姉に比べて)比較的温厚な漣は、毎日穂乃華に罵詈雑言を投げつけられている所為か霜乃華には優しい。

『ん? ああ、今日は揚げ物だよ。ほら、前に食べたいって言ってただろ? カロリーあるから成長期にはいいんだよな』

『かろ、り? かろ………、ブロッコリー‼』

『なんでそうなる⁉』

 いつもの茶番を繰り返しながら、菜箸で手羽先の唐揚げを盛り付けている兄の横に立って覗き込む。

『わ~ぁ唐揚げだあ、いいにおーい早く食べたい。お母さんのレンチンするのもおいしいけど、おにーちゃんのやつの方がそのかは好きだなぁ』

『おい、母さんとは比べるな。…………母さんが可哀想だろ』

『なんか今、おかーさんにしつれーな言葉が聞こえたような気が………』

『ま、まあ、なんでもいいだろ』

 下手な誤魔化しをした漣。疑い深い穂乃華とは正反対の単純な霜乃華は、『そっかぁ』と変に納得した。

『んへへ、もーらいっ』

 ほっとしていたところ、霜乃華は盛り付けの終わった漣の皿から手羽先の唐揚げを盗み食い。

『お~~い~~? そ~の~か~?』

 油断したのがいけなかった。漣は、逃げてゆく小さな妹の首根っこを引っ掴み、がしっと引き寄せた。

『いやいやおいしそうなものは食べたくなるものでしょフツウ? おにーちゃんだって目の前に大好物がおいてあってめちゃくちゃいいニオイしててめちゃくちゃおいしそーな見た目だったら食べたくなるでしょふかこうりょく?です!』

 どこで息継ぎをしているのか分からないほど早口で捲し立てた霜乃華。その後もあわあわと言い訳を続けるが、もっとマシな言い方もあるだろうに、言い訳と言える言い訳ができていない。

『………だって、おにーちゃんのご飯が美味しすぎるのがいけないんだもん……』

 二拍ほど置いて紡がれた言葉に、漣の顔は分かりやすく綻ぶ。


『まあ、美味いのなら良かったよ。お馴染みの味付けだが、これこそが家庭の味だろ』


『かていのあじ……は分かんないけど、おにーちゃんの味付けはおいしーよね~』

『そうか? なら、霜乃華が大人になっても作ってやるよ』

『やったぁ』


~十数分後~


『いただきまーす』

 両手を合わせて合掌。そこからノータイムで手羽先の唐揚げを口に放り込む。

 母・舞依は夜勤のバイト。父・一也は打ち合わせが長引いていて帰りが遅いという。霜乃華と穂乃華、そして漣。兄妹三人でとる夕食は、思いがけず賑やかなものだった。

『おに~ちゃん、手羽先おかわり~』

『おい霜乃華、今……何個目だ?』

『ん、えーと、9?』

『流石に食い過ぎじゃない? 霜乃華、多分お前、今後太ってくると思うんだけど』

 ぷにぷにの頬を摘まんで、『あ、ほらもう脂肪溜まってる』と呟く穂乃華。

『うううううそのかは太ってない! おにーちゃんのご飯がおいしすぎるのがいけないんだよっ』

『ははっ、口が達者になったか?』

『じーじーつ!』

 こうして陽が沈んでゆく。

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