第漆章『懐かしいあの香り、』
——「
これは、穂乃華から聞いた話。父・一也と母・舞依は大恋愛の末に結婚したそうだ。その詳細はさほど覚えてはいないが、恋愛にも興味が出てくる年頃である穂乃華から淡々と聞かされたのを覚えている。
『ほら、おっとうって毎回何かしらの記念日におっかあへ小物とかを
『うんうん』
なんていう風に愚痴る穂乃華の話を、霜乃華は興味津々に相槌を打ちながら聞き続ける。
朝起きてから夜寝るまで、毎日のように
『それでっ⁉』
『……そんで、おっとうがどっかでいっつも買ってくる
『なになに?』
『香水瓶の蓋部分にある
『おねーちゃんなんでそんなにくわしいの? にしても、おとーさんやるなぁ』
霜乃華は素直に父のストレートさを称えた。常人では、羞恥のあまりできることではない。
『そのかもプレゼントほしいぃぃ』
『はっ。そんなに欲しいならおっかあにでも頼んでおっとうに話通してもらえばいいじゃん』
『たしかにっ』
おっとうがプレゼントをくれるかは別として、と付け足した穂乃華だが、勿論霜乃華はその言葉など聞いてはいない。
思うがままに舞依の元へ駆け、勢いを殺さず問いかけた。
『ねぇねぇおかーさん。そのかもおとーさんからのプレゼントほーしーいー』
『あら、いいじゃない。確かに、一也さんはそのちゃんに何かあげたことはなかったわね。お母さんから言っておいてあげるわ。あの人ったら本当に夜遅くにしか返ってこないんだから。いくら仕事が忙しくってもねぇ』
愚痴交じりの返答を聞かされたが、鈍い霜乃華はただただ喜ぶ。
『やったぁ』
『そのちゃん、もうおやすみの時間よ。明日も学校なんだから、早く寝ないといけないわ』
舞依のその一言で、霜乃華は就寝することにした。
~数日後~
『舞依から聞いたんだ。霜乃華は
休日、いつもは二階に閉じこもっている一也が珍しく話しかけてきた。手にはブランドのロゴが付いている紙袋を持っている。一切迷わずにキラキラした眼差しを父に向け、霜乃華は答えた。
『うん。あのお花、コオリでできてるのにきれいですごいんだよー』
『そうかいそうかい。じゃあ
『え~知らない!』
『実は、
へらりと笑った間抜け面に、霜乃華はストレートパンチをかましておいた。へぐ、と呻き声を漏らした一也だが、愛娘にされて嫌なことなど無いだろう。……拒絶以外は。
『もう、痛いなぁ。まあ、可愛いから許しちゃうんだけど』
『え、きもちわるいって言うよ?』
『それはヤメテお願い』
無駄な軽口を叩いていた二人だったが、仕切り直しとばかりに一也がした咳払いで収まる。
『はい。これ、プレゼント!
そう言って紙袋から取り出したのは、ガラスの香水瓶にたっぷりと入った無色透明な香水だった。蓋部分に付けられた黄色のリボンがアクセントになっていて、可愛らしさを醸し出している。瓶の中央には水彩画で描かれたフリージアのシールがあり、フリージアの香りの香水であることは一目瞭然だった。
『やったぁ香水! そのかのだぁ』
舞依が香水を使っているのを遠目でうらやましく見ていた霜乃華にとって、〝自分だけの香水〟は嬉しい
『んへへ、りっちゃんに自慢しーよぉ』
友達のりっちゃん(男の子)は、同級生であり幼馴染だ。家族との会話にもよく出てくるが、あくまで友達でそれ以上はない。
『ねぇおとーさん、香水つけて~』
『いいよ。けど、
『とーまわしに赤ちゃんあつかいされてるっ?』
愚痴りながらも付けてもらった
『いいにおい! そのか、この香りだいすき!』
——嗚呼、ずっとこの香りを吸い込んでいたい。
それほどまでに魅力的で、魅惑的な〝香り〟だった。
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