第壱章
春の麗らかな風が吹……いているのではなく、窓外に暴風雨が吹き荒れている昼時。霜乃華は、家でのんびり愛犬をもふっていた。
降り頻る雨が、次第に窓ガラスを濡らしてゆく。小さな水滴がガラスの表面を伝い、室内の湿気を搔き消すように暖房を付けて、ぽっかぽかのこたつに猫のごとく潜り込んだ。腕の中の愛犬も道連れだ。
「はぁ~もふもふー。しゅうまいあったかーい。かわいー」
気だるげな雰囲気を纏い、間延びした声で湯たんぽ代わりのしゅうまいを
「おにーちゃんもおねーちゃんもおかーさんとどっか行ったから、お家にはおとーさんとそのかだけかぁ。おとーさんは二階でなんかしてるしぃ」
身内でありながらも、その出掛けた先を把握していない。どこまでも人に関心が低い霜乃華であった。
「ふぇあー、おねーちゃんがいないと平和ですなぁ。あの人いっつも怒ってくるから」
末っ子ながら、姉に対し雑な言い草。
そもそも、喧嘩の元凶は霜乃華である。もしもこの場に穂乃華がいたのならば、霜乃華に拳骨を食らわせていただろう。
「……まって、みんながここにいないってことは、いつもダメダメって言われてたあれやこれやができるんじゃない……?」
ピコーン、とまるで頭の上に豆電球でも浮かんだようにあることが脳内を駆け巡る。
〈霜乃華がやりたいことリスト〉
①お腹いっぱいお菓子を食べる。
……以上。
あれやこれやと言った割には、やりたいことは一つだけだった。
それだけのために霜乃華は動き出す。普段は一度入ったら中々出ることのできないこたつを脱し、しゅうまいを床にそっと下した。
手が届かないようにと、高い戸棚に入れられたお菓子の箱が標的。大きなイスの上に踏み台を乗せ、それを戸棚の下に押していきよじ登った。
「うわぁたっか~い」
学校のグラウンドにも、ジャングルジムやロクボクはある。それゆえに、それなりの高所は慣れたものだ。グラつくイスの段の上でも、それほど恐怖心は煽られなかった。
「よしーっ」
ちらちらと窓外を確認して、誰も帰宅する気配がないかを探る。父は、休日二階に赴くと、中々降りてこないのでその点安心だ。
「ぁ、あとちょっ……と」
短い腕を懸命に伸ばし、同年代と比べて一回りほど小さい手のひらをお菓子の箱に近づける。
日常的にあまり鳴かないしゅうまいが、「わんっ」と心配そうに潤んだ瞳で吠えた。
ザアアァ、とひときわ強くなった雨音に混じって、ガタタッと固い音が室内に響く。
「わぁっ……ゔへっ」
崩れたイスの段の下敷きになった霜乃華は、騒がしく何度も吠えるしゅうまいを宥めて起き上がった。その手には、しっかりとお菓子の箱が収まっている。
「やったっ」
~数分後~
「おいしぃ~」
箱の中には、これでもかというほどにお菓子が詰まっていた。
クマとリボンを
「いくらでも食べれる」
これぞ至福の時。
「ぅんまぁ」
チョコと飴玉を同時に口に放り込んで、その微妙な味に眉を顰めたり。バームクーヘンとチョコの組み合わせに悶えたり。
キラキラと目を輝かせてお菓子を
至福の時間が流れてゆく。
暫く経ち、土砂降りが少し治まった頃。
「………そのちゃん?」
「ああああああああごめんなさぁぁぁぁぁぁい‼」
キィイイと軋んだ音を立てて開け放たれたドアの向こうに、鬼婆がいた。
母・舞依が怒ると鬼婆と化すのは、子供達の誰もが知っていることである。
「謝っているだけじゃ分からないわ。きちんと説明して、今後はどうしたらいいのかちゃんと考えて言ってね?」
……至福の時は壊され、お菓子はすべて鬼婆と笑顔の兄姉に没収された。後、霜乃華には『二週間お菓子禁止令』が出され、彼女にとって最大のお灸になったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます