美しいあの景色、大好きなあの歌、懐かしいあの香り、馴染みのあの味を、〝もう一度〟。

天之那弥日(アメノナヤビ)

プロローグ

「おにーちゃん、待てーっ」

「おまっ、転んだりしたらどうすんだ⁉ 危ねぇだろぉ~」

「二人ともうっさい! 邪魔しないでよこの愚図」

 相も変わらず騒がしい日々。

 白鳥しらとり家の日常だ。

 白鳥家が住む屋敷の外装は、少し苔生した瓦屋根から、家紋が刻まれた迫力満点の薬医門までが揃っている。ザ・日本風の屋敷といっても過言ではない造りの邸宅に、小規模ではあるが手入れの行き届いた池泉回遊式庭園ちせんかいゆうしきていえん。外見だけは立派であるゆえに資産家だと思われがちだが、実のところはただ親戚におこぼれで預かった貰いものだ。

 見てくれだけは完璧な白鳥邸。しかし、中に入ってしまえばそこは酷い嵐である。

「あら、みんな朝から元気ねぇ。こら、そのちゃんったられーくんを追いかけないの。ほのちゃん、朝からお勉強もいいけれど、ちゃんと朝飯食べてからしなさいね。ご飯できてるわよ」

 霜乃華そのかは無造作に積み上げられた服の山にダイブして、れーくんこと白鳥 れんに向って突撃する。

「おにーちゃんのせいでそのかが怒られた!」

「⁉ お兄ちゃんは何もしてないからな? そのが勝手に……」

「そのも漣にぃも朝っぱらからうるさい。人の邪魔になるとかそういうの考えないわけ? 頭ん中に詰まってるゴミを取り出してちゃんと脳髄入れて出直してこい」

 鬼畜の中の鬼畜。アニメや漫画でよく目にするキャラの性格を丸々写し取ったかのような鬼畜っぷりを見せるこの姉・白鳥 穂乃華ほのかは陰でかなりデレていたりする。要するに隠れツンデレだ。身近な大人達はそれを知っているため、生温かい目で眺めていた。

「は~い喧嘩はやめましょうねぇ?」

 穏やかな口調で騒ぐ子供達を穏やかな口調でいさめながら、カチャカチャと音を立てて食器を洗う母・白鳥 舞依まい。父はもう既に仕事で家を出たのだろう。出張だと聞いているが、今日は遅くまで帰ってこないようだ。

 濡れた湯飲みと泡だらけの菜箸さいばしを手に、母は鼻歌を歌い出す。

「🎵~🎶~……」

「母さん音痴すぎだろ」

 いつかのアニメソングだとは辛うじて分かる。漣は顔を顰めて、母の耳からイヤホンを奪うように取り上げた。

「あっ、れーくん何するのよ。お母さんこの曲好きなのにっ」

「俺らの音感までもが疑われるから止めてくれ」

「おっかあは史上最悪の音痴だから。それにそのアニソンは30年くらい前に流行ったやつだし、おっかあ世代の流行りだからさぁ。流行遅れにもほどがあるって」

 幼い霜乃華は、そんなことなど知ったこっちゃない。イスに座り、食卓を覗き込んだ。

 テーブルいっぱいに、見渡す限りの冷凍食品、冷凍食品。

「おかーさんのつくるごはんっていつもチンするだけのやつだよねぇ」

 冷凍食品を盛り付けただけの朝食は見栄えも(冷凍食品なので)完璧で、霜乃華の食欲をそそった。

「おねーちゃん何してるの?」

「漣にぃのカツ狙ってるだけだけど」

 てんてんてん

 きっちり三拍置いてから、霜乃華は全身の産毛を逆立たせて叫んだ。

「みぎゃぁー! おねーちゃんがドロボーしてるっ」

「はぁぁあ? こんのドアホ。どこをどうしたらそうなる?」

「だって人の物勝手にとる人はドロボーだってりっちゃんが言ってたもん」

「意味わかんない。そのりっちゃんとやらは相当なアホだな」

「りっちゃんはそのかのお友達! アホじゃない! アホっていう方がアホなんだよ⁉」

「ああ? ならお前も今アホって言ったよな。お前がアホってことになるぞ?」

「今おねーちゃんもアホって言ったじゃん‼」

「はい、そのも今言った~」


 ~数分後~


「おかーさぁん、おねーちゃんがそのかのごはんにマヨネーズかけてきたぁ」

「お前が私のコロッケにドレッシングぶちまけたのが悪い。このコロッケクソ不味いわ」

「おねーちゃんが悪い! そのかはまちがえちゃっただけだもん。なのにおねーちゃんがいじわるしてわざとやった!」

「は? 脳内お花畑め。こうゆーのは相手がどう思うか、で決まるんだよ。私はお前が嫌がることをしたかったから同じようなことをし返しただけ」

「…………………ふぇ?」

「ぽけーっとすんなバカ‼ 説明したのがバカらしいわ。……あぁそうかお前はまだお子ちゃまだもんな分からないよな~私の言ってることの意味が」

「そのかはお子ちゃまじゃないもん! れっき?とした小学生!」

 この程度の口論は日常茶飯事。過去には、近所のお婆様達をも巻き込んだ喧嘩もあった。

「こーら! お母さん怒るわよ。ちゃっちゃとご飯食べる!」

 母は、普段優しい代わりに起こると怖い。よくある性格の、穏やかな人だ。

「ふぐっ、ごほっ」

「漣にぃヤメテ。その咳、移ったらどうすんの」

 咳く兄を小突いている姉は、ヤンキーかの如く口が悪い。霜乃華は茶碗と箸を持った手を止めて、暫し傍観した末に顔を青くする。

「おかーさん! おねーちゃんがおにーちゃんイジメてるぅ」

「イジメてないっ」

「俺はイジメられてないからな……⁉」

 これぞまさに上へ下への大騒ぎ、といったこところか。喧嘩が収まったと思えば、また別のことが発端で喧嘩が始まる。

平穏のへの字もへったくれもない日々に、「あらあら」と舞依は頬に手を当て笑いながら子供達をたしなめるのであった。

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