すっぽんぽんのゴブリン

 

 「フゴォフゴォ!」


 ゴブリンは他の魔物に比べれば知性のある魔物だ。石を削って石槍を作ることもできる。しかし、人間とは違い服を着る文化はなかったらしい。だから、岩陰から飛び出したゴブリンは一目でオスとわかった。全力疾走という様子で俺の自尊心を傷つけながら襲いかかるゴブリン。俺は冷静に剣を構えて___


 「ふんっっ!!」

 「ふごぉお…」


 ___恨みを込めてゴブリンに剣をぶつけた。相手は最弱の魔物。俺の全力の一撃でゴブリンの首は完全に切り離され、絶命する。

 死体となったゴブリンをカペラに手渡されたナイフで解体して魔石を探す。大抵は心臓付近にあるはずだ。魔物の身体の中で魔力が凝縮されたものが魔石だ。〈魔物鑑定モンスターチェック〉の魔法を持つ人なら魔石を見ただけでどの魔物かわかるらしい。


 「随分と力の入った一撃でしたね。もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないんですか?」

 「あ、あぁ。そうだな。初めての魔物討伐だから力みすぎたみたいだ。次からは力を抜くよ。」


 魔石を取り出しながら、俺はそう答える。何がとは言わないが、ゴブリンに負けたのが悔しくてやったとは口が裂けても言えなかった。


 「あ、このゴブリンの大きいですね。」

 「っ!!」


 声にならない声が出た。なんで普通の表情でそんなこと言えるんだ?


 「カペラは、大きさの違いがわかるくらいの数を見たことあるのか…?」

 「はい。たまに、屋敷の使用人が自慢気にみせてくれましたよ。」


 セクハラじゃねぇか。まさか俺が知らない間に屋敷の中でそんなことが起きていたとは……。


 「自慢気にって……どこで見たんだ?」

 「浴場とかですかね?使うついでにって見せてくれましたよ。」


 使うって、完全にライン超えてるだろ。しかも浴場って、2人とも裸ってことだろ?使用人同士の恋愛は自由だが、場を弁えろよな。


 「それにしても大きいですね。今まで見た中でも1番です。これなら長時間使えそうですね。」

 「いや!流石にゴブリンのはダメだろ!?」


 カペラ、衝撃の発言であった。俺は思わず大きな声で叫んでしまう。


 「デカけりゃなんでもいいってもんじゃないだろ!」

 「…?流石に洗ってから使いますよ?血塗れですし。」

 「そういう問題!?ゴブリンのモノってのが問題だろ!?」


 むしろなぜカペラはそんなに抵抗なく使おうとしてるんだ。そうか、そういう趣味なのか。出会って十数年、まだ知らないこともあったんだな。知りたくもなかったけどな!

  

 「……レグル様、なんの話をしているのですか?魔石を浴場の給湯の魔法具に使うのは普通でしょう?」

 「あっ。」


 顔が赤くなるのを感じる。確かに、魔石は様々な魔法具に使うことができる。そして、今見れば取り出したゴブリンの魔石は中々見ないほどの大きさだった。


 「……レグル様、一体何の話だと思っていたのですか?」

 「……これ。」


 今度は身体の底から熱いものが込み上げる感覚に襲われながら、俺はゴブリンのそれを指差す。


 「なっ!なんて勘違いをしてるんですか!?」

 「本当にすいませんでした。」


 俺は素直に謝る。言い訳する余地もない。俺の頭がこれに引っ張られすぎていたのが悪いのだ。カペラの突き刺さる視線に耐えきれず俺は自分の勘違いを白状させられる。

 

 「つまり、私は使用人に見せられて、つ、使ってると思ってたんですね?そして、ゴブリンのこれを今から使おうと思っていると、そう考えていたわけですね?」

 「てっきりそういう趣味なのかと…。」

 

 頭を掻きながら冗談めかして場を和ませようとする。いや、ほんとにそう思ってたんだけどさ。しかし、それは悪手だったらしい。カペラは無言かつ無表情になったのだ。


 「カペラさん?何をするおつもりで?」

 「黙ってください。これはレグル様が悪いんです。だから、何の抵抗もせずに受け入れてください。」


 そう言って描きはじめたのは十と少しの魔法陣。俺の本能が全力で警鐘を鳴らしていた。


 「〈火炎弾フレアショット〉。」

 「うおぉ!?」


 全ての魔法陣から同時に射出される炎の弾丸は、一直線に俺に向かってきた。全力で回避する俺。当たれば火傷は避けられない熱量を感じる。


 「避けないでください!これはレグル様への罰です!」

 「受けられるかぁ!死んでしまうわ!」


 理不尽なカペラの言葉に反抗しながらも俺は回避を続ける。絶え間なく放たれる炎の弾丸との攻防は、結局、体力切れで躱しきれずに3発喰らうまで続いたのだった。




 「痛い……。」

 「流石に少しやりすぎたかもしれません。まぁ謝りはしませんけど。」


 カペラの怒りが収まり、しばらくして火傷の痛みに襲われながらも俺達は帰路に着いていた。カペラから逃げてるうちに、かなり王都から離れてきてしまったのだ。


 「そろそろ日が暮れますね。今日は夜戦の対策をしてませんから急ぎましょう。」

 「はぁ、全く誰のせいで遠ざかったんだよ…。」

 「………。」

 「はい、俺のせいですね。すいませんでした。だから魔法陣を消してくださいお願いします。」


 一瞬の判断。ここで間違えれば容赦なく放たれると察した俺は即座に謝罪する。カペラから怒りの気配が消えたのを察して安心してからカペラの顔を見る。すると、何かをじっと見る目をしていることに気づいた。


 「カペラ?どうした、大丈夫か?」

 「あ、いえ大丈夫ですよ。レイさんに言われた通り自分のステータスを確認していただけです。少し、MPを使い過ぎたみたいですね。」


 そう言ってカペラは俺にステータスを見せてくる。カペラの言葉に合わせて俺の視界の端にカペラのステータスが表示された。どうやら自分が見せてもいいと思った相手にはステータスが見せられるらしい。


 

 カペラ(15歳)

 レベル1

 ステータス

 HP 400

 MP 300 /700

 攻撃力 250

 防御力 250

 魔力 900

 素早さ 400

 スキル【魔王】


 相変わらず羨ましい程の高ステータスだ。しかし…。


 「俺が悪いとは言え、MP 400は使い過ぎなんじゃないか?」

 「イラッとしたので、仕方ないですね。レグル様も自分のステータスを確認してみては?」


 カペラに促されて俺はステータスを表示する。視界の端のカペラのステータスの隣に、俺のステータスが追加される。ついでにカペラも見れるようにしておいた。


 レグル(15歳)

 レベルなし

 ステータス

 恥 500

 スキル【羞恥神】


 相変わらず人を虚仮にしたようなスキル名とステータスである。勘当されたから名字が消えているのもそうだが、気になる点が一つあった。


 「恥のステータスが増えてますね。なぜでしょう?」

 「さっきの勘違いで恥をかいたからじゃないか?まぁ特に変化は感じないけどな。ほんとにクソみたいなスキルだよ…。」

 「まぁまぁ、もしかしたら特殊効果があるかもしれないじゃないですか。気落ちせずに行きましょう。」

 

 カペラの言葉に頷き、俺たちは再び王都に向かって歩き出した。そうしてしばらく歩くこと十数分、俺は200メートル程先の木陰で動く何かを見つけた。


 「おい、カペラ。あれ、ゴブリンじゃないか?」

 「そうみたいですね。せっかくですし倒してからいきましょうか?」

 「そうだな。じゃあちょっと行ってくる。」


 さっきはゴブリンがこちらに襲いかかってきたが、今度はこちらの番だ。俺は剣を振りかぶりゴブリンの元に駆け寄る。心なしか身体が軽い気がした。


 「フゴォ?」

 「ふっ。」


やっぱりこいつらには服を着る文化はないらしい。しかし、今回は優越感に浸りながら闘えそうだ。俺はそう思いながら肩の力を抜いて剣を振り下ろす。スパッと小気味良い音を立てて胴体とお別れするゴブリンの頭部。


 「首までは落とすつもりなかったんだけどな。やっぱり力んじゃったか?」


 俺はそう独り言を言いながら魔石を回収する。カペラもこちらに向かってくるものと思っていたが、どうやらあの場で待っているつもりらしい。待たせては悪いと思いながら駆け足でカペラの元へ向かう。


 「〈火炎弾フレアショット〉!!」

 「フゴォァァ…。」

 「フゴゴォ…。」


 カペラの元に向かうとそこは死屍累々といった有様だった。軽く十は超えるゴブリンの死体と、すっぽんぽんのゴブリンに囲まれるカペラ。酷い有様だ。


 「カペラ!大丈夫か!?」

 「やっと戻ってきましたか!さっきから何匹も何匹も何匹も湧いて出てくるんです!手伝ってください!」


 ひとまずカペラの無事を確認した俺は、カペラを囲むゴブリンを斬り伏せながらカペラの元に向かう。


 「ゴブリンの群れに出会ったぽいな。さっきの木陰のゴブリンは囮だったわけだ。」

 「そうみたいですね。もうすぐ日が暮れます。私が魔法で数を減らすので、うちこぼしは頼みます。」

 「了解。任しとけ!」


 群れに囲まれたとはいえ所詮はゴブリン。この量なら魔石だけでもそれなりの金になるだろう。そう思いつつ俺達は大した危機感を覚えることもなくゴブリン達を殺していく。しかし、それが間違いだった。


 「フゴォォオオオ!!」


 ゴブリンを50と少しほど殺した頃、奥の方から雄叫びが聞こえてきた。俺の本能が今日2回目の警鐘を鳴らす。


 「カペラ。かなり強いのがくるぞ。」

 「ええ、そのようですね。」


 戦う覚悟を決めた頃に姿を現したのは他のゴブリンよりも三回りほど大きな裸のゴブリンだ。もはやただの鬼とも言えなくもない大きさだが、恐らくゴブリンの親玉だろう。

 

 「小鬼将軍ゴブリンジェネラルです。冒険者の適正討伐ランクはC。勝てるかは五分五分といったところですね。」


 右目に〈魔物鑑定モンスターチェック〉の魔法陣を浮かべたカペラは冷静にそう分析した。2ランクも上の敵だ。相当な強敵だろう。


 「フゴォォォォ!!」


 恐らく冒険者から拾ったものだろう鉄剣を手にしたジェネラルは爆風と共に俺めがけて駆け出してくる。


 「カペラは残りのゴブリンの討伐!俺はこいつを相手にする!」

 「わかりました!無理はしないでくださいね!」


 カペラに指示を出してから俺はジェネラルに向けて駆け出す。正直なところ、勝てる気はしない。しかし、格上との戦闘は師範代のおじさんと無理矢理闘わされていた俺からすれば慣れたものだ。傷つかない方法の一つや二つ身につけている。


 「ふっ!」


 お互いに走り抜ける形となった一合目は様子見のためにもジェネラルの剣を受け流す。重い一撃だ。まともに打ち合うのはかなり厳しそうだ。


 「フゴォォォ!」

 「ふんっ!」


 振り向きざまに袈裟斬りを仕掛けるジェネラルの剣を避けた俺はカウンターとしてジェネラルの肩に剣を振るう。しかし、硬い。他のゴブリンはスパスパ切れるのに、ジェネラルの身体は3センチ程の切り込みを入れるのが限界だった。


 「フガァァ!!」


 剣術も何もない力任せの一撃をジェネラルは繰り出す。しかし、その速度は先ほどの倍以上はある。受け流しきれずに吹き飛んだ俺は即座に立ち上がり前を向き___下卑た笑みを浮かべるジェネラルに気がついた。ジェネラル視線の先にいるのは魔法を発動させる寸前のカペラ。そして発動された魔法の射線上にいるのは、ゴブリンを庇う位置に吹き飛ばされた、俺だった。


 「なっ!?」

 「わっ!」


 躱す間もなく俺に直撃する魔法。しかも、今回は先ほどとは違い、殺す気で放った〈火炎弾フレアショット〉だ。燃え上がる俺の身体。熱い熱い熱い熱い熱い熱い。それだけが俺の思考を支配して___


 ____炎が収まった時にいたのは、服が全て燃え上がりゴブリンと同じくすっぽんぽんとなった俺の姿だった。

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