冒険者試験

 翌日、疲れもあって昼頃に起きた俺達は支度をしてから予定通り冒険者ギルドに来ていた。冒険者ギルドはかなり広く、中には酒場も付いていた。受付の人のところまでカペラに連れて行かれる。これくらい自分でできるんだがな。


 「受付嬢さん、冒険者登録させてくれますか?」


 「いいわよ。君と後ろの彼の登録ね。冒険者については詳しく知ってるかしら?」


 「私は知ってますが、レグル様が知らないので説明してほしいです。」


 カペラの言葉を皮切りに受付嬢さんは説明を始める。曰く、冒険者にはランクがあるらしい。1番下がEランクで、E、D、C、B、A、Sの順番らしい。規定数の依頼クリアと一定条件を満たすとランクアップできるとのこと。簡単な仕組みだな。


 「じゃあ一応冒険者試験をするわよ。基本的には受かると思うけど、実力もないのに冒険者になって死なれちゃ寝覚め悪いからね。」


 「「よろしくお願いします。」」


 受付嬢さんに手を引かれてきたのは、ギルドの裏に連れて行かれる。大体50メートル四方の広場だ。


 「早速だけど私と戦ってみてくれる?勿論勝つ必要はないわよ。実力を見るだけだから。あ、カペラちゃんは魔法使いみたいだから後で別の試験をするわ。」


 「え、本気で言ってるんですか?」


 俺は驚いて聞き返す。受付嬢さんはとても細い。戦えるようにはとても見えないのだが大丈夫だろうか?


 「レグル様、ギルド職員になれるのはCランク以上の冒険者のみです。この受付嬢さんも最低でもそのくらいの強さはあります。」


 「まじか!?」


 「マジよ。時間も勿体無いし、早速始めちゃいましょ。」

 

 相当自分の実力に自信があるのだろう。それに受付嬢さんは武器を持つ素振りがない。俺は貸し出されていた木剣を手に取る。受付嬢さんはそんな俺を見て感心したやつな顔をする。


 「あら、剣で戦うの?最近の剣士は弱くて困っちゃうのだけれど。腕に自信はあるかしら?」


 「剣しか使えないだけですよ。」


 「あら、そうだったの。まぁちょっとは期待できそうね。じゃあ始めるわよ。よーい、スタート。」


 スタートの合図と同時に受付嬢さんが走り出す。真っ直ぐに向かってくる受付嬢さんを見据えて俺は防御の姿勢を取る。王国一の剣術であるウェブレン流は、しかし、なかなか独特だ。右手だけで剣を持ち下段に構え、なにも持たない左手を上段にあげる構え。これが防御の姿勢だ。

 俺が構える間に間合いを詰めた受付嬢さんは思い切り右手を振りかぶる。そこでようやく、俺は自分の勘違いに気がついた。この人、相当強い。


 「ふッ!」

 

 細身の身体からは想像できないほどのスピードで繰り出された拳は、かろうじて見切れる速さだった。間一髪で躱した俺は拳を振り抜いた姿勢の受付嬢さんに右手の剣を叩き込む。


 「なかなかのキレね。やるじゃん。」

 

 胴体への直撃が避けられないような体勢に思えたが、受付嬢さんは無理やり左手を正面から剣にぶつけた。振りかぶった分速度はこちらの方が上にもかかわらず力負けして跳ね返される俺の剣。バランスを崩しつつもバックステップで距離を取り、俺はもう一度受付嬢さんを見据える。


 「まさか拳闘士だったとは思いませんでした。それにその身体からは想像もできないほどの力だ。」


 「ふふ、私と戦った子達はみんなそう言うわ。でもね、体型だけじゃ相手の強さは測れない。体型とステータスは別物なのよ。」


 そう言いながら受付嬢さんは再び真っ直ぐに走ってくる。さっきよりも速い。俺は躱すのは不可能と判断して拳を剣で受け流す。


 「レグル君、貴方相当な剣の腕ね。優秀な人に教わったのかしら?」


 俺は喋り始めた受付嬢さんに思い切り右手の剣で斬り込む。卑怯かどうかは関係ない。むしろ戦闘中に喋る方が悪い。それに、その話題は嫌いだ。


 「あら、つれないわね。試験といっても形式的なものだし、楽しんでいきましょ?」


 しかし、それすら右手の拳で受け止めて見せた受付嬢さん。俺は渾身の力を込めているにも関わらず、受付嬢さんは汗ひとつ流さず再び喋り始めた。


 「もしかして、誰に教わったか聞くのはタブーだったかしら。それだったらごめんなさいね。」


 「気に、しなくて、大丈夫です。」


 俺は力を込めながらなんとか言葉を返す。今の俺で勝てる相手じゃないのは分かってるが、簡単には負けたくない。


 「そう、大体の実力は測れたわ。じゃあ終わりにしましょうか。」


 途端受付嬢さんの雰囲気が変わる。俺の剣を簡単に弾きとばしてみせたのだ。今の俺の胴体はガラ空きだ。その胴体に向かって、受付嬢さんは風切音を鳴らしながら拳を振り下ろす。俺は咄嗟に剣の腹で受け止めるために右手から左手に剣を持ち変える。


 「これに対応してくるとはなかなかやるわね。でも、力不足よ。」

 

 受付嬢さんのその言葉が聞こえてきたのは受け止めた剣ごと吹き飛ばされた後だった。

 

 「レグル様、大丈夫ですか!?」


 「あぁ、大丈夫だ。殴られるのには慣れてる。」


 「お疲れ様。レグル君、力こそ弱いけど剣の技術はその歳にしてはかなり高いわね。さて、次はカペラちゃんの番ね。的を持ってくるからそれに向かって魔法を打ってもらうわ。」


 「魔法使いの試験だけ簡単じゃないですか?」


 確かに、剣使いの俺が模擬戦をさせられたのに魔法使いが的を打つだけというのは不公平な気がする。


 「私やレグル君みたいな近接戦闘をする人は、魔物と近づかなきゃいけないからより正確に実力を図るのよ。後、単純に魔法使い相手に模擬戦をしたら死人が出かねないわ。」


 「なるほど、そういうことだったんですね。確かに魔法はレグル様が使った木剣のように殺傷能力をなくすことができませんもんね。」


 「そういうこと。じゃあ、この的に向けて今出せる最高の魔法をぶつけてみて。」


 そう言って受付嬢さんが置いたのは銅製の的だ。50メートルほど離れた場所に設置されている。カペラは定位置に立ち、一度深呼吸をする。カペラの正面に魔法陣が描かれ、そこに魔力の粒子が集中する。


 「じゃあ、いきます。〈火炎旋風ファイアストーム〉!!」


 ゴウッ、という音と共に放たれたのは炎の嵐だ。真っ直ぐに進んでいく炎は的に直撃し、そこでさらに燃え上がる。


 「なかなかすごい魔法ね。威力、発射速度も申し分ないわ。いいスキルを持っているのね。」


 炎が収まると同時に受付嬢さんはそう言って拍手をする。


 「じゃあ、試験の結果を発表するわね。といってもわかりきっていることなんだけど、2人とも合格よ。これからは同じ冒険者として、頑張って行きましょうね。」


 「よかったですね、レグル様。」


 「あぁ、まずは第一関門突破だな。」


 受付嬢さんの発表に安堵した俺はカペラとハイタッチをする。受付嬢さんはその様子を微笑ましそうにみていた。


 「あくまでこれは冒険者になる儀式みたいなものよ。慢心しないでしっかり安全マージンは取ること。死なないようにね。」


 「はい、死ぬ気はないです。」


 「いい返事ね。じゃあ冒険者登録をするからギルドに戻りましょうか。」


 そうして俺達は再びギルドに戻る。1時間ほどしか時間は経っていないが、なかなか疲れたな。


 「はい、これが冒険者カードよ。身分証にもなるから無くさないようにね。」

 

 再び受付に戻った俺達は、受付嬢さんにカードをもらう。カードには、自分の名前と現在のランクが書かれていた。勿論Eランクである。


 「冒険者が受けれるのは一つ上のランクの依頼までだから注意してね。あと、冒険者としての身元保証人は試験官になるから今回の場合私になるわ。だから自己紹介するわね。私はレイよ。よろしくね。」


 そう言って受付嬢さん改めレイさんは微笑む。

 

 「あ、そうだ。冒険者カードには自分のステータスを確認する機能がついてるから是非使ってみてね。〈ステータス〉って言えば視界の端に自分のステータスが表示されるわ。あとでやってみてね。そこに依頼の掲示板があるから、今日から仕事したければ依頼を探しに行ってくるといいわ。じゃあ頑張ってね。」


 「そうさせてもらいます。ありがとうございました。」

 

 そうして俺達はお礼を言ってから掲示板に向かう。掲示板には軽く五百を超えるだろう数の依頼がずらりと貼られている。俺が依頼を流し見していると、カペラが俺の袖を引っ張って話しかけてくる。


 「レグル様、こんな依頼はどうですか?初めてにしては簡単でいいと思いますけど。」


 そう言ってカペラが見せてきたのはゴブリン討伐の依頼だった。最弱モンスターのゴブリンなら俺でも倒せるだろう。

 

 「いいんじゃないか。じゃあ、この依頼を受けよう。」


 「常設依頼のようなので、ゴブリンの魔石をギルドに持ってくるだけでいいみたいですね。」


 「まさに初心者向けって感じだな。よし、早速行こうか。」


 受ける依頼を決めて冒険者ギルドを出た俺達は、王都からも出て草原に向かう。屋敷の外にすらなかなか出たことのない俺は、王都の外になんて一度も出たこともなく、少しワクワクしながら防壁の外に出た。


 「もうここは王都じゃありません。王都全域に張られている魔法結界もないのでいつ魔物が出てきてもおかしくありません。警戒しながら行きましょう。」


 「あぁ、そうだな。いつでも戦えるようにしよう。」


 そうして警戒体制をとった途端に近くの岩陰からガサッと音がする。そちらに意識を向けると岩陰から顔をだす緑色の小鬼がいた。


 「あれがゴブリンですね。こんな早く出てくるとはラッキーです。早速倒しましょう。」


 「なかなか気持ち悪い見た目だな。ちゃちゃっと倒そうか。」


 そう言って俺は剣を構える。カペラもいつでも魔法を放てる体勢だ。戦闘準備は整った。冒険者としてはじめての仕事が、始まろうとしていた。


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