カペラの決断

 帰巣本能という言葉がある。鳥などの動物が見知らぬ場所からでも自分の帰るべき家に帰ることが出来る能力のことだ。なぜ、俺がそんなことを考えているのか。それは、何も考えずに歩いていたはずが気づけばウェブレン家の屋敷の前に立っていたからだ。王城から屋敷までは馬車を使わないとなかなか遠く、とっくに日は暮れ、空には月が浮かんでいた。


 「何やってんだ、もうここは俺の居場所じゃない。これからは1人で生きていかなきゃいけないのに。」


 しばらく屋敷を見ていた俺は気づけばそう独り言を言っていた。誰も答える人なんているはずがないのに。踵を返して夜の王都に戻ろうとした時、後ろから声が聞こえた。


 「何言ってんですか。あなたは1人じゃありませんよ。」


 「……え?」


 それは1番聞き慣れた声だった。1番心が安らぐ声だった。1番待ち望んでいた声だった。俺は期待を胸に込めて後ろを振り向きその姿を凝視してしまう。


 「あんまりジロジロ見られても恥ずかしいんですが。」


 いつもと変わらない声色でそう言う彼女は、なんでもないかのように俺の元へ歩み寄る。


 「俺のことを馬鹿にでもしにきたのか?屋敷に戻れ。お前はお父さんを選んだんだろ。使用人の外出時間はとっくに過ぎてるはずだ。」


 「ひどい言い方ですね。私はレグル様に着いて行くので、屋敷には戻れませんよ。」


 「は?何言ってんだ?」


 俺は言葉の意味がすぐには理解できずにカペラに聞き返す。彼女はお父さんのもとにいることを選んだはずだ。そんな俺の考えをよそにカペラは話し続ける。


 「そもそも、レグル様が破門になった時点で私の決意は固まっていました。あの場でクソジジイに着いて行くふりをしたのは、屋敷の荷物を取る必要があったからです。私言いましたよね?勿論着いて行くって。あれはあなたに言った言葉だったんですよ?」


 カペラはそう言って微笑む。その目の奥には揺るがない決意と覚悟、そして慈愛が溢れていた。そんなカペラを見て俺はどうしようもなく、嬉しく思ってしまった。でも、俺は震える声と体を必死に抑えてカペラに対する拒絶の言葉を言い放つ。


 「俺はお前に着いてきて欲しいなんて1ミリも思っちゃいない。余計なお世話だ。とっとと帰れ。」


 こんな言葉本当は言いたくない。本当は着いてきて欲しい。でも、俺が行くのは死んでもおかしくない茨の道だ。そんなところにカペラを連れて行くわけにはいかない。


 「はぁ、レグル様は相変わらず嘘が下手ですね。右肩を少し前に出しながら喋るのはレグル様が嘘をつくときの癖です。」


 「そんな癖があったのかって思ってますね?私はレグル様のことはなんでも知ってます。だってあなたの直属メイドですから。私のためを思ってそんな酷いこと言ってるんですよね。でも、もう遅いんです。」


 俺の心を全て見透かしているかのようにカペラは喋り続ける。俺が口を挟む隙はない。

 

 「辞表をクソジジイに出してきました。ついでに罵詈雑言を添えて。勿論ブチギレられました。2度と屋敷に入るなとも言われました。」

 


 「これで、お揃いですね。」

 

 そう言って微笑むカペラを見た時、俺はもう何も考えられなくなった。俺に着いてくるためにここまでのことをしてくれたのだ。だったら俺に言えることは一つしかない。

 これは俺の落ち度だ。俺がお父さんの望むスキルを取れなかったせいでカペラにもたくさん辛い思いをさせるだろう。俺はカペラの目を見据えて、手を差し出す。


 「俺と一緒に着いてきてくれるか?」

 

 精一杯のけじめのつもりだった。不甲斐ない自分に付き合わせる、精一杯の謝罪も込めて俺はそう頼む。


 「ふふ、もちろん、喜んでお供しますよ。」


 そう言って手を取ってくれたカペラを連れて、俺達はかつての家に背を向けて歩き出した。




 それからしばらく歩いて、やってきたのは商業地区の宿だった。

 

 「今日はここに泊まりましょうか。手続きを済ませてきますね。」


 「え、でも金が……」


 俺の言葉には耳を傾けずにカペラは宿に入って手続きを済ませる。されるがままでいると俺はすでに、宿のベットの上に座らされていた。


 「レグル様自分で言ってたじゃないですか。私の貯金は一年は遊んで暮らせるくらいありますよ。2人でも半年は持ちます。」


 「そういえば、そうだったな。じゃあ情けないけどしばらくはそのお金に頼らせてもらうよ。」


 ここまできてしまったらプライドなんてなにもない。頼っていいというなら思う存分頼らせてもらおう。俺がそんなことを考えてるうちに、カペラは魔法陣を描いて何もない空間から大量の荷物を出す。


 「見てわかる通り、レグル様と私の所持品一式は〈空間収納ストレージ〉で持ってきました。レグル様の剣も持ってきましたよ。」


 カペラから俺の剣を手渡される。これからの俺達の計画を考える上でこの剣があるのは相当なアドバンテージになるだろう。


 「ありがとう。でも、そんな魔法いつ覚えたんだ?」


 「ふふふ、知りたいですか?なんと私、辞職を出す前に屋敷にあった魔導書の魔法は全部覚えてきたんです。」


 「あの量の魔導書をか?もともと本を読むのは早い方だったがそこまでとは思わなかったな。」


 「多分、魔王のスキルの影響だと思いますよ。屋敷のスキル辞典で【魔王】に着いて調べたんですけど、魔法習得と攻撃魔法の威力、魔法系ステータスに大幅なプラス補正がかかるみたいなんです。」


 カペラ曰く、魔法使いのスキルランクは魔術師、魔導師、魔王、魔帝の四段階があるそうだ。とはいえ、未発見なだけでさらに上のランクがあってもおかしくはない。今日スイとやらの少年の剣神なるスキルを見たのだから。因みに、【羞恥神】に関する情報は一切載っていなかったらしい。なんの系統のスキルかもわからないようだ。レベルの概念を消すようなスキルだ。どんなデメリットがあるのか考えただけで恐ろしい。


 「じゃあ、早速これからの計画を立てましょうか。私としてはとりあえずは冒険者になってみるのがいいと思うんです。失敗したらまた違うことに挑戦すればいいわけですし。」


 「そうだな。じゃあ明日からは冒険者になろう。」


 俺は意気揚々と冒険者になることを宣言する。子供の頃絵本で読んだ冒険者はドラゴンだって難なく倒す英雄で、俺はそれに少し憧れていたのだ。明日は王都近くの草原で魔物狩りだな。予定を立てたことと憧れの職業になれることに満足した俺はベットの中に潜る。だいぶ疲れたな。ぐっすり眠れそうだ。


 「レグル様、なる!って言ってなれるほど簡単なものではありません。まずはギルドに行って冒険者試験を受けるんですよ。まぁ簡単な模擬戦で実力を測るだけですけど。」


 どうやらまだ眠れないらしい。俺は布団を掛けながら話を聞く。なんでも、ある程度の実力がないと冒険者にはなれないそうだ。簡単に死なない程度の実力があるか測るための試験とのこと。


 「じゃあ明日は冒険者ギルドに行こうか。」


 「はい。どうせレグル様は場所知らないでしょうし、私に着いてきてくださいね。」


 「あぁ、分かった。予定も決まったし、とりあえず今日は寝ようか。」

 

 カペラの微笑む姿を見て、俺は着いてきてくれたことに改めて感謝と嬉しさが込み上げてきた。カペラがいなければ俺はこうして宿に泊まることすらできなかったのだ。本当にありがたい。隣のベットを見ればカペラも寝る準備を整えたようだ。


 「カペラ、こんな目に合わせてごめんな。そして何より、着いてきてくれてありがとう。」


 「ふふ、当たり前ですよ。私はあなたの直属メイドですから。まあ、その感謝の気持ちは素直に受け取っておきます。おやすみなさいレグル様。」


 「あぁ、おやすみカペラ。」


 カペラと同じ部屋で寝るのは初めてだったが、よく眠れそうだ。俺はそんなことを思いながら、眠りについた。

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