第47話 全てが終わった後の、小休止

 学校中のスピーカーが文化祭一般公開の終了をアナウンスしていた。


 ――本校文化祭は十七時をもちまして終了となります。来場者の皆さま、本日はご来場ありがとうございました。一階昇降口からのご退場をお願いいたします。


 俺と伊織は屋上に続く階段に腰掛けながら、その放送を聞くともなく聞いていた。踊り場の窓からは鋭い夕陽が差し込んで、階下は鮮やかなオレンジ色に染まっている。


 伊織は俺に身体を預けていて、ゆっくりとした呼吸のリズムが肩越しに伝わってきた。長いようで短かった文化祭が、終わろうとしている。俺はどこかで名残惜しい気持ちになってきていた。


「伊織……」


 と口にしたけれど、言葉が続かなかった。顔を上げた伊織がこちらを見て、なに、と言うけれど、答えられない。


「ふふっ、どうしたの?」


 と伊織がおかしそうに笑う。俺は、自分が感じているものが上手く言葉にできなくて、もどかしい。どうにか伊織に伝えられないだろうか、と思うのだが……。


「そろそろ、戻ろうか?」


 伊織の言葉に、いや、と言葉を濁すのがせいぜいで、夕日が傾いていくのを眺めることしかできなかった。


「フォークダンスがはじまってしまうよ?」


 俺は伊織の手を握って、立ち上がりそうな伊織にストップをかける。握る力が強かったのだろうか、伊織は怪訝そうな顔をしていた。


「……まだ、行きたくない」


 言葉にできたのは、そんな陳腐な台詞だった。


 けれど、伊織は、うん、と深く頷いてくれた。


「私も……まだ、二人でいたいな」


 こうして二人だけでゆっくりするのも、久しぶりな気がするね、と伊織は呟いた。


 ――十七時三十分より、文化祭閉会式を執り行います。生徒の皆さんはグラウンドに集合してください。


「君、呼ばれてるよ」


「伊織こそ、呼ばれてるぞ」


 ふふふ、と俺たちは笑みを交わす。


 階段を照らす夕陽は段々とその領土を減らしていく。さっきまで明るかった踊り場はもう半分ほど、夕暮れの薄暗い影に覆われている。階下では、慌ただしげに階段を駆け下りていく足音が響いて、校内は次第に静かになっていった。


 伊織が小さく呟いた声に、俺は返事をする。


「ごめん、もう少しだけ……」


 踊り場の影がいっそう濃くなっていく。


+++


 昇降口を出る頃、空はすっかり暗くなっていた。グラウンドは照明が灯されて、まばゆいくらいに照らされて、生徒の顔がはっきり見えるほどだった。


 グラウンドに出たところを生徒会に見咎められて、クラスの列ではなく、運営の近くに立たされる。壇上では、校長がスピーチの真っ最中だった。


 俺たちに気付いた赤根崎が、にやにやした顔でこっちに近付いてきた。


「やあやあ、遅刻だよ」


「放送が聞こえなかった」


「あれだけ繰り返し放送したのに?」


 などと軽口を叩いていると、生徒会長に咳払いされてしまった。俺たちは声を落として、


「フォークダンスに遅れる生徒はいないだろうけど」


 赤根崎が言った先から、カップルが昇降口から出てくる。


「君たちみたいなのが、まだ校舎に残ってるんじゃないかな」


 迷惑な話だよ、と赤根崎が言う。


「フォークダンスまで、そこにいてもらうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る