第48話 ボーナストラック
フォークダンスがいよいよ始まる。
円陣に整列すると、隣が瑠璃垣だった。
「何で男子側に?」
瑠璃垣は俺と目が合ったあと、露骨に顔を背けたが、言葉が口をついて出てしまった。瑠璃垣は舌打ちして、
「人数合わせ。背が高いから」
と言った。
「女の子にはやさしくしてあげなきゃ、だめだぞ」
「おまえ、あたしをおちょくるのマジで止めろ!」
「でも、よかったな。伊織も回ってくる」
あたしにその話題を振るな! と瑠璃垣は怒る。が、ペアの女子が怖がっているのに気付くと、俺の方を見て、また舌打ちした。
「緑川、遠くないか?」
「その方が、ハラハラして面白いだろう、って言ってた」
「……そうか」
瑠璃垣は噛み締めるように言った。伊織らしい、とでも思ったのかもしれない。
運営の方がざわざわと騒がしくなりはじめる。ペアと手を取り合うと、スピーカーから『オクラホマミキサー』が流れ出して、ダンスが始まった。
俺は、ペアの女子に、よろしくと声をかける。
「瑠璃垣さんと仲いいんだね」
「仲良く見えた?」
女子は薄く笑う。
「瑠璃垣のリードが下手だったら、俺に言って」
と冗談を言うと、前の方から、
「おい、聞こえてるぞ!」
と瑠璃垣が叫んだ。俺たちは、あはは、と笑った。
+++
次のペアが回ってくる。
「おつかれ、葉山」
葉山はなぜかまだメイド服姿で、長いスカートをなびかせてターンした。
「よろしく、藍田くん」
ゆっくりとお辞儀して、葉山の手を取る。
「緑川さんに怒られない? 大丈夫?」
「怒るだろうけど、大丈夫」
何それ、と笑う葉山は、俺よりよっぽどダンスが上手かった。俺の方がリードされているみたいで、葉山についていくで精いっぱいだ。
「こんな時まで、緑川さんの名前出すの止めようと思ったんだけどね」
葉山は俺の手をちょっとつねる。
「それも負けた気がするから」
葉山は俺の顔を見る。
「私と踊ったこと、忘れないでね」
「痛いくらい覚えてるよ、きっと」
+++
「あのぉ、赤根崎さん、どこにいらっしゃいますか?」
回ってきた藤村は、きょろきょろと辺りを見回しながら踊っていた。
「まだ、会えてないの?」
「はい。生徒会の人は参加しないんでしょうか?」
俺も一緒になって、赤根崎を探したけれど、それらしい人影は見つけられなかった。
「それはそれとして、藍田さん、ビブリオゲームおつかれさまでした」
「藤村も、おつかれさま」
「私も原稿を書いたの、気付きましたか?」
「え? あった?」
ふふふ、と藤村は不敵に笑った。
「あとで、伊織ちゃんに聞いてみてくださいね」
+++
伊織が隣に来た時、目が合った。目の前の子には失礼だったと思う。何せ、振り付けを二回ほど間違えた。靴を踏まなかったのは、せめてもの幸いだった。
「やっと来た」
俺の前に来た伊織は、俺の失態を見ていたのか、半笑いだった。
「来たのは伊織の方だろ」
「ダンス、教えてあげようか? 葉山さんほど上手くはないけど」
「よく見てるなあ」
「だって、君は私の恋人だもの」
曲に合わせて、右、左と繰り返すステップがおかしいくらいに揃ってしまって、俺は少し恥ずかしくなる。けれど、伊織は俺に身体を預けるように、丁寧にステップを踏んでいるから、しっかりとリードしなくちゃいけないな、と思う。
「ここに来るまで長いなって思ったけど、君と踊っているとすぐ終わっちゃうね」
「伊織と、ずっと踊っていられたらいいな」
「……私はそのつもりだよ。君とずっと踊っていたい」
最後、くるりとターンして、互いにお辞儀する。伊織の瞳が、グラウンドの照明に負けないくらい眩しかった。吸い込まれそうなほど、深い緑の瞳。
「さあ、しばしのお別れだ」
ぱっ、と伊織が手を離すのと同時に、『オクラホマミキサー』も止まった。
周りから嘆息の声が響いた。これで、フォークダンスは終わり。
瑠璃垣の方を見ると、彼女はこちらに背を向けて、隣のペアの女子と何かを話しているようだった。
「あ、アンコール!」
声は、俺の隣から聞こえた。伊織が手を叩いて、アンコール、と叫ぶ。
俺も伊織に合わせて、叫んだ。すると、次第に声が集まり、輪になって、グラウンドに響き始めた。
――アンコール! アンコール!
生徒のほぼ全員が手を叩いて、声を上げていた。運営の方で、教師が慌ただしく行き来を繰り返す。壇上に、駆け出していく影が見えた。
「えー、皆さん、静かに。静かにしてください」
マイクを持ったのは、赤根崎だった。
「もう一巡のみ、曲を流しますので、皆さん輪になってください」
どよめきと歓声が、一度にあがる。大歓声の中、俺は伊織に顔を近付けて、
「ごめん、行ってくる」
と言った。咄嗟に藤村の姿を探すと、ちょうど俺たちとは真反対の位置にいた。
俺は壇上から降りていく赤根崎の背中に向かって、走った。
「赤根崎!」
そして、腕を掴んで、
「藤村が探してたぞ」
伊織のいる場所を指差した。振り向いた赤根崎は、俺の方を見て、
「いや、でも……」
と口ごもる。俺は赤根崎の腕を引き、背中を押した。
「もう時間がない、早く行け」
向こうの方で、伊織が手を振っている。運営では、生徒会長がスピーカーに手を伸ばしていた。
「どうしても行きたくないなら、俺が殴ってやろうか?」
赤根崎は一瞬表情をやわらげたあと、
「藍田くんは乱暴だねえ」
と言って、円陣の方へ歩き出した。
「急げって!」
「ありがとう、藍田くん」
遠くで、藤村が両手を振っていた。
俺も、思いっきり両手を振り返した。
最後のフォークダンスが始まる。
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