第44話 言の葉の正体
図書委員の展示教室に着くと、ちょうど投票の集計を行なっていた。俺は瑠璃垣と伊織にドリンクを渡す。ありがとう、と受け取った伊織が俺の顔をまじまじと見て、
「何かあった?」
と尋ねてきた。俺は、葉山とのやり取りを思い出しながら、何でもないと答える。瑠璃垣は、集計中の図書委員の黒石に話しかけていた。
「瑠璃垣は勝ちそう?」
「君ぃ、自信ないのかな?」
「負けることもあるって思ってるだけ」
伊織は少しむっとして、
「別れるつもりなんてないくせに」
と言った。
確かに、そんなつもりは少しもなかった。けれど、それがほかの誰かの居場所を奪うことになるなら……。
「りんねの心配してるの?」
瑠璃垣は黒石と楽しそうに話をしている。綺麗な金髪は遠くからでもよく目立った。伊織は彼女を見守っている。
「私はりんねを諦めたりしない。一人になんかしないよ。私は、りんねを見放さない」
そう言っている間に、伊織は俺の目の前に顔を近付けていた。緑の瞳が俺を覗き込んでいる。驚いて、距離を取ろうとすると、腕を掴まれた。思いのほか、強い力だった。
「だけど、君が一番に心配すべきなのは誰?」
俺の腕を掴む伊織の手が、震えていた。不安からなのか、怒りからか分からないけれど、とにかく強い感情が込められていた。
「君はまだ私の恋人だろ。私の方を見てよ。私の何に悩んでいるのか、教えてよ」
伊織の緑の瞳は潤んでいた。今にも涙がこぼれそうな瞳で、俺を見つめていた。
「わ、私が君を悩ませているなら、それは私の悩みでもあるんだよ。私は君の力になれない?」
涙がこぼれそうになるのをごまかすように、伊織が俯く。俺は手を振りほどいて、伊織を抱きしめた。
「えっ?」
と伊織が呆けた声を出す。俺はさらに力を込めて、抱きしめた。
「俺はやっぱり伊織が一番好きだ」
俺の腕の中で、伊織が暴れようとする。
「や、やめろ……! まるで別れ話みたいなことするの……!」
だけど、俺は伊織を強く抱きしめて、離さない。
「俺は伊織がいないと駄目だけど、伊織は大丈夫だろ?」
どういう訳か、今日の俺は他人を怒らせる日みたいだ。伊織は俺の胸を思いっきり叩く。離せ、と叫んであばれる。
「そんなこといって、ごまかすな! 君の考えてることなんてお見通しなんだからな! 私は別れないぞ!」
「じゃあ、俺の悩みも分かってるんだろう」
「人の! 言葉尻を! つかまえて!」
伊織は俺の腕から離れて、俺を睨む。
「君は何を考えているの。私のことが好きじゃないの?」
俺は静かに微笑むことしかできない。投票結果が出るまで、俺が気持ちを伝えることは伊織の負担になるだけだ。そんな俺の態度が、余計に伊織を怒らせたようだった。
「……そうか、言わないつもりなんだね」
俺は黙って、頷いた。伊織は俺から顔を背けて、目元を抑える。
「ごめん、伊織」
肩に手を置くと、振り払われた。俺は仕方なく、瑠璃垣の方へ歩いていく。
やり取りを見ていた瑠璃垣が、険しい表情で俺を睨んでいる。当然の反応だと思う。けれど、俺にはやらなければいけないことがあった。
「瑠璃垣、頼みがある」
「おまえ、よくそんなことが言えるな」
「ビブリオゲームがどんな結果になっても、伊織の側にいてあげてほしい」
「それ、あたしに勝つってことか?」
「どんな結果でも、だよ」
俺が言えるのはそれだけだった。
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