第45話 繋ぎ止めてくれるもの
瑠璃垣について、葉山が教えてくれた。
母親が外国人で既に他界していること、いまは日本人の母親がいて、腹違いの弟妹がいること、父親とは仲が険悪で一人暮らししていること、一人暮らしの費用を家賃のほかは自分で稼いでいること。
中学時代、髪を黒く染めていたけれど中学二年の夏休みを機に地毛の金髪に戻したこと、そのときに何があったのかは知らないこと、それから瑠璃垣が孤独になっていったこと。
それはすべて俺と伊織には関係のないことだけれど、まったく無関係だとは思えなかった。だって、同じような境遇の伊織が、瑠璃垣のようにはならなかったから。
+++
伊織は緑の瞳を理由にいじめられていた。伊織は引っ込み思案で自己主張が出来なくて、いつも本ばかり読んでいた。何も悪いことはしていない。けれど、クラスからは段々と孤立していって、最期には一人になってしまった。
俺が伊織と知り合ったのは、ほんの偶然だった。伊織が落としたハンカチを、廊下で拾ってあげただけの関係。そのときは別のクラスで、まったく接点もなかった。
一目惚れ、だったのだろう。伊織の瞳に、俺は引き込まれてしまった。休み時間のたびに、俺は伊織のクラスへ行って、伊織に話しかけた。他愛のない話だ、小学生がするろくでもない話。だけど、そうしていると、俺たちの周りにはいつの間にか輪が出来ていて、俺以外のクラスメイトも伊織に話しかけるようになっていた。
きっとみんな伊織と話してみたかったんだと思う。そうでなかったら、すぐにいじめがなくなったりしなかっただろう。みんな勝手に、伊織のことを怪物だと思っていたんだ。
だから、瑠璃垣だって、たった一人友達がいれば、孤独にならずに済んだんじゃないかって考えてしまう。
そして、その役割を今度は、伊織が選んだんだって。
+++
俺は瑠璃垣に向かって言う。
「伊織を諦めないでほしい。どんな関係でもいいから、伊織と長い付き合いを続けてほしい」
と。俺がそれを言うことは、ひどく残酷なことだということは分かっている。それでも、言わずにはいられない。誰かが言わなければいけないことだから。
俺は信じている。言葉にならない関係でも、一緒にいることはできると。例えば、俺と伊織が恋人同士じゃなくなっても、きっと俺たちは今まで通り話をしたり、どこかへ出かけたりすることが出来るはずだ。
それは、俺たちが関係を続けたいと思っているからで、友達だからとか、恋人だからとか、言葉にしなくてもいいはずなんだ。というより、俺たちの関係は友達や恋人という言葉では表せないんだと思う。
大事なのはそんな言葉よりも、繋がっているという実感だ。
「伊織は、瑠璃垣を見捨てないから。瑠璃垣も、伊織を見捨てないでくれ」
俺の言葉に、瑠璃垣が何を思っているのかは分からない。ただ俺をじっと見て、石のように黙っている。俺は、同じようにこちらを見ている黒石に、
「投票結果、どうだった?」
と尋ねた。彼の手元にあるプリントに、それが記されている。
あっ、そ、それが……と黒石は言い淀む。どんな結果でもいいから、教えてくれと俺が言うと、彼は覚悟を決めたように、
「『舞姫』が56票、『緑の瞳の怪物』が72票でした」
と言った。
「瑠璃垣」
と俺はすかさず言う。
「悪いのは全部、俺だから。伊織のことは許してあげてほしい」
顔を歪ませていた瑠璃垣はゆっくりと口を開き、絞り出すように
「それがゲームに負けた罰か?」
と尋ねてくる。俺が頷くと、瑠璃垣は小さく呟く。
「じゃあ、従うしかないよな……」
瑠璃垣は俺の横を通り過ぎるとき、この大悪党、と笑った。
「失恋なんて、早く忘れるに限るだろうが」
「終わらない初恋もあるだろ」
瑠璃垣は、はっと笑って、
「お前と一緒にするな」
と泣き笑いした。
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