第43話 あなたの一番になりたかった
暗幕に覆われた体育館を出ると、夕日の眩しさに目が痛んだ。外はすっかり夕暮れのオレンジ色に染まって、人込みもまばらになっていた。
赤根崎は生徒会の集まりに参加するとのことで、藤村も赤根崎と一緒に体育館に残った。俺は、伊織と瑠璃垣とともに、図書委員の展示教室に戻ろうとしていた。伊織は舞台袖から戻ったあたりから、口数が少なくなっていた。
「伊織、具合悪いのか?」
俺の声に身体をびくりと反応させた伊織は、必死な様子で首を振った。
「だ、大丈夫。考え事をしていただけだから」
「何か、飲み物でも買ってくる?」
と尋ねると、伊織は少し考えたあと、ゆっくり頷いた。
「じゃあ、先に教室に向かってて」
俺は瑠璃垣に伊織を頼んで、クラスの方へ足を向けた。
+++
クラスのメイド喫茶は夕方ということもあってか、かなり空いていた。ちょうど厨房には葉山がいて、オレンジジュースをもらっていいか尋ねると、
「緑川さんは? 一緒じゃないの?」
と逆に尋ねられた。教室では暇を持て余したクラスメイト達が散らばっていて、訪ねてきた友人たちと会話に興じている。
「これから図書委員の方に行く予定」
俺はテイクアウト用のホルダーに氷とオレンジジュースを淹れる。
「午前中、緑川さんが来たときにね」
葉山は俺の手を止めて、顔を近付けてきた。
「演劇を見に行かないかって、誘ってくれたよ」
俺は何て返事していいか分からず、黙る。
「緑川さんは、まだ好きでいていいって言ってくれたんだ……それって、すごく酷いことだと思わない?」
と葉山は言った。伊織への憎しみを込めて。
俺は、葉山のことがよく分からない。何を考えているのかも、俺のことをどう思っているのかも。だから、これだけは俺が言わなければいけないと思った。
「恨むなら、俺を恨んでよ。伊織は関係ない」
「……そんなに私のことがきらい?」
「よく知らないだけだと思う。俺も、葉山も」
葉山は卑屈そうに笑った。けれど、一方でその顔は悲しげでもあった。
「知ったら、余計に嫌いになるってこともあるんじゃない?」
葉山は睨むように俺を見て、黙らないで、藍田くんが言い始めたことでしょ、と言った。
「瑠璃垣さんはこんな恨みごと言わないだろうけどね、藍田くんと緑川さんを見てると胸が苦しくなるよ。どうして、私じゃ駄目なんだろうって。だから、あのときも私は、自分にできることを精いっぱいやっただけ。嫌われたっていいから、あなたのことがほしかった……緑川さんから、藍田くんを奪ってみたかっただけ」
これが、優等生のクラス委員じゃない私だよ。唇を片側だけあげて、葉山は笑う。窮屈そうなメイドキャップを脱ぎ捨てると、綺麗な髪が流れるようにほどけた。
「ほら、私のこと嫌いになった。私の言うとおりになったね?」
ずっと前から考えていたことが、目の前に突き付けられているような気分だった。瑠璃垣とはじめて会ったときから、いやそれ以前にも、伊織と一緒にいる間中、ずっと考えていたこと。
「俺が伊織と一緒にいるだけで、葉山は不幸に感じる?」
「いい気分ではないよね……不幸だとは思わないけど」
瑠璃垣も同じように感じているんだろうか。いや、感じているに決まっている。そうでなければ、こんなことにはなっていない。伊織を賭けて、争うなんてことには。
「ごめ――」
「――謝るの? どうして? 緑川さんのことが好きなんでしょう? 私が藍田くんを好きな気持ち以上に、好きだから、私の告白を断ったんじゃないの?」
葉山はこれ以上ないくらい厳しい口調で言った。俺の言葉に本気で怒っているみたいだった。
「私の気持ちをこれ以上踏みにじらないでほしい。私は藍田くんが好き。緑川さんとは別れてほしいとも思ってる。だけど、その私の気持ちに対して、謝ったりしないで。あなたは、私を選ばないんでしょう?」
それはやさしさとは言わない、と葉山は言った。
「……氷、とけちゃってるよ」
俺の手元のホルダーを指差して、葉山は次のドリンクを作りはじめる。
「はやく行ってあげなよ」
俺は、ありがとうとしか言えなかった。
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