第35話 ミス・デイジー
体育館へ行くと、ちょうど軽音部が舞台に立っていて、男子二人、女子一人のスリーピースバンドがオリジナル曲を演奏していた。
「盛り上がりはいまいちだね」
と赤根崎が言う通り、観客のノリはさほどだったけれど、ボーカルの必死な歌い方は心を揺さぶるものがあった。まばらな客席には、熱心に耳を傾けている人たちもいて、彼らの良さが伝わる人には伝わっているみたいだった。
俺たちは後ろの方の席に座って、ステージに目を向ける。別の軽音部の部員が席に近付いてきて、セットリストのプリントをくれた。
「いまは、二番目の『ディジーズ』です」
ありがとう、と伊織が礼を言うと、軽音部は軽く会釈して、舞台袖の方へ戻っていった。俺がセットリストを受け取ると、伊織は顔を寄せてきて、
「いい演奏だと思わない?」
と言った。
「俺もけっこう好きだよ」
俺は伊織の方を向いて、言った。
やっぱり? とにやりと笑った伊織はステージを見て、
「この曲、図書当番のとき、よく聞こえてきていたんだ。歌詞も覚えちゃったよ」
と感慨深そうにつぶやいた。伊織の瞳はまっすぐにステージに向けられて、きらきらと光っている。心の底から楽しんでいる顔だった。
思わず俺も口元が緩みそうになるくらい、いい顔だった。伊織越しに、藤村と目が合って、俺たちは微笑み合う。伊織を真似るようにステージに目を向けると、ちょうどギターソロが始まった。
猫背のギターがつま弾くメロディは、どこか物悲しく、力強い響きだった。
+++
彼らの演奏が終わるころ、一人の女子生徒が体育館に入ってきた。伊織が立ち上がり、彼女に向かって、手を振る。バンドのボーカルがステージで、
「私たち、地元のライブハウスでライブもやってます。チケットは、入口の方で買えるので、よろしくお願いします」
と言った。まばらな拍手の中、女子生徒がこちらに歩いてくる。
「いらっしゃい、りんね」
伊織が手招きしたのは、瑠璃垣だった。
「……よろしく」
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