第34話 ビブリオフィリアの邂逅

 受付が終わるころ、藤村を迎えに赤根崎が来た。これから体育館の展示を回るらしく、一緒に行かないか、と誘われた。赤根崎はそのまま生徒会の演劇に参加するつもりなのだろう。俺も伊織も予定があったわけではなかったので、赤根崎たちについていくことになった。


「そういえば、新聞見たよ」


 廊下を移動中、赤根崎がそう言った。俺に、というよりは伊織に言っているようで、


「ありがとう、投票してくれた?」


 と受けたのも伊織だった。赤根崎は少し悩むふりをして、


「『舞姫』が面白いと思ったけど、票を入れたのは『緋色の研究』かな。藍田くんの記事は書いた人が分かりやすすぎて、逆に、投票できなかったよ」


 と言う。その言葉に、伊織が反応を示す。


「投票した理由を聞いてもいい?」


 赤根崎も何かを感じたようで、間をおいて、じっくりと言葉を選んでから話し始めた。


「まず完成度が高いと感じたかな。記事の構成自体がミステリになってた、と思う」


 赤根崎くん読む人? という短い言葉に、赤根崎が首を振る。


「ぼくなんかは全然。藤村さんに比べればね」


 藤村の方を見ると、彼女は顔を赤くして、俯いていた。よっぽど真剣に、赤根崎の言葉に耳を傾けていたのか、いつもよりずっと距離が近かった。


「あ……、つ、続けてください」


 藤村は、赤根崎に話の続きを促す。赤根崎は話しづらいなあ、とぼやきつつ、ごく自然な間をおいて、続けた。新聞は、シャーロックホームズとは誰か、という謎をミステリの形式に沿って書かれていた、と赤根崎は指摘する。


 その上で、本の内容をほのめかしつつ、興味をそそるという点で、票を入れたのだ、と言った。


「だから、すごく大ざっぱに言うと、読んでいて面白かったんだよね」


 まとめた赤根崎の感想に、伊織が口をはさむ。


「だけど、あの新聞は、本が好きな人が楽しむためのものだと思うけど……」


「いやあ、ぼくは読まない方だよ」


 赤根崎の謙遜に、今度は藤村が補足を付け加える。


「でも、赤根崎さんはおすすめした本は、次の日には読んでくれます……」


 唐突なカミングアウトに、伊織は黙るしかなかった。赤根崎も固まっていたけれど、俺が、


「俺が貸したゲームは、いつまでも返ってこないのに?」


 と言うと、優先度が違うからね、と笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る